本研究では、物語的自己がどのような要因によって変化するのかを明らかにし、そのメカニズムを認知脳科学的に解明する。哲学者のギャラガーによれば、自己には身体的自己(最小自己)と物語的自己の2つの側面がある。本研究では、物語的自己が身体的自己を介して変化するプロセスに着目し、具体的な課題としてフルボディ錯覚(FBI)と映画視聴を用いる。課題遂行中の脳活動を近赤外分光法および脳波を用いて測定し、デフォルトモードネットワーク(DMN)やミラーシステムなどの前頭―頭頂ネットワークの活動を調べる。これらによって物語的自己の神経基盤を明らかにする。 2022年度は2021年度に引き続き、FBIを用いて物語的自己を操作する行動実験の論文化と脳活動計測実験を行った(実験1-A)。脳活動計測実験では、知的な(医者)アバターにFBIを生起させる条件と視覚フィードバックに遅延を入れることでFBIを阻害する条件間での違いを検討した。得られた脳波データを用いて、関心領域(ROI)間のコネクティビティ解析を進めている。 また映画の視聴前後で物語的自己がどのように変化するかを調べる実験1-Bを行った。長編映画中の約20分間を視聴しているときの脳活動を近赤外分光法(NIRS)を用いて計測した。物語的自己を反映する指標として、偏見などの有無を調べる潜在的連合性テスト(IAT)を用いた。その結果、映画によって病気に対する偏見が低減した被験者と増加した被験者がおり、この違いを反映する脳活動が見られた。現在、より精緻な解析を進めており、論文投稿を行う予定である。
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