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2022 年度 実績報告書

トポロジー変化の動力学に基づいた電磁応答の開拓

研究課題

研究課題/領域番号 22H01164
配分区分補助金
研究機関東京大学

研究代表者

大池 広志  東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 特任研究員 (70725283)

研究期間 (年度) 2022-04-01 – 2025-03-31
キーワード準安定 / 非平衡 / トポロジー / 磁性 / 電気伝導 / 熱ゆらぎ / 強相関 / ホール効果
研究実績の概要

トポロジーに関する物性研究は近年盛んに行われている一方で、ゆらぎによるトポロジーの変化に着目した研究は数少なく、新現象や新概念に繋がる可能性を秘めています。本研究課題では、トポロジー変化に着目して新奇な電磁応答の開拓に取り組みます。
初年度の研究では、キラル磁性体MnSiにおいてスピンのトポロジー変化に由来する現象を探究しました。磁気スキルミオンと強磁性は、スピンの連続変形で行き来することができない磁気構造であるため、異なるトポロジーに分類されます。MnSi中に発生する磁気スキルミオン格子は20nm程度の周期構造であり、ユニットセルの長さスケールではスピンがほぼ強磁性的に揃っています。また、MnSiにおいて磁気構造を形成する電子と伝導を担う電子は、いずれもMnイオンのd電子に由来します。これらの要因によって、十分に低温では伝導電子は磁気構造とスピンの向きを揃えながら運動し、磁気スキルミオン中の伝導電子はあたかも磁場中に存在するかのように振る舞います。この仮想的な磁場は創発磁場と呼ばれています。しかし、熱ゆらぎは伝導電子の不連続な変化を引き起こし、トポロジーの異なる状態間の確率的な遷移が起こります。このトポロジー変化によって創発磁場が弱まることを、ホール効果とネルンスト効果の温度依存性の解析から提示しました。
創発磁場の減衰が15 K以上で顕著になるので、さらに高い温度では熱ゆらぎによるトポロジー変化がより頻繁に起きていると考えられます。実際に、MnSiの磁気スキルミオン格子は20 K以下の温度域では準安定状態として保持されますが、23 K以上の温度域では数秒程度以下の時間で崩壊します。このように、スピンのトポロジー変化という観点で、ホール効果やネルンスト効果のような線形応答の性質と、準安定状態の崩壊という非線形で不可逆な性質の繋がりを理解できることが分かりました。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

初年度の研究では、高速温度制御と伝導度測定を組み合わせることで、急冷で生成した準安定状態の電気伝導度テンソル・熱電伝導度テンソル・熱伝導度テンソルを測定可能にすることを計画していました。電気伝導度テンソル・熱電伝導度テンソルはすでに測定可能ですが、熱伝導度テンソルに関しては、熱浴と試料の熱接触の改善や測定結果の再現性の確認などによって、測定結果の妥当性を示す必要があります。
一方で、電気伝導度テンソル・熱電伝導度テンソルの測定結果を基に、熱ゆらぎによるトポロジー変化が引き起こす創発磁場の減衰を提唱しました。トポロジー変化は準安定磁気スキルミオンの崩壊にも関与しているので、電気伝導現象の性質と状態の安定性がトポロジー変化という概念に関連付けられる実例が示されたことになります。このような物質の性質と安定性のコヒーレントな理解は、あらゆる物質に共通する考え方である可能性があり、今後の研究の発展性が期待されます。
また、初年度の研究を通じて、磁性と伝導性を担う元素の特徴を考えることの重要性に気付きました。キラル磁性体MnSiの磁気スキルミオン相では、十分に低温では伝導電子は磁気構造とスピンの向きを揃えながら運動していることが、測定結果と第一原理計算の比較から分かりました。このような伝導電子のスピンの変化は「断熱的な変化」と呼ばれますが、Mnのd電子が磁性と伝導性を担っているという物質固有の特徴が断熱性に寄与しています。このような、元素の特徴に基づいたトポロジカルな伝導現象の理解は、物性開拓のための物質設計の指針に繋がると考えられます。
以上のように、測定結果の妥当性の検証という点では計画よりも遅れている一方で、計画時には考え付かなかった発展性が明らかになったため、概ね順調に進行していると言えます。

今後の研究の推進方策

本研究課題で構築した熱伝導度テンソルの測定系で得られた結果の妥当性を示すために、熱浴と試料の熱接触の改善や、参照試料の測定による再現性の確認を行います。これにより、熱伝導現象の観点からも、スピンのトポロジー変化に由来する性質を調べます。
トポロジー変化は準安定磁気スキルミオンの崩壊にも関与していると考えられます。しかし、スピンのダイナミクスの典型的なタイムスケールはピコ秒程度であるのに対し、準安定磁気スキルミオンの崩壊は秒程度のタイムスケールで観測されています。これは、トポロジー変化という個々の変化を考えるときと、準安定状態の崩壊というマクロな変化を考えるときで、10桁程度のタイムスケールの隔たりがあることを意味しています。このような準安定相の崩壊を、実験と数値シミュレーションの両側面から調べることで、トポロジー変化とマクロな系の準安定性の繋がりを明らかにすることを計画しています。
さらに、磁性と伝導性が異なる元素に由来する物質を対象に、伝導度テンソルの測定を行います。MnSiの場合はMnのd軌道の電子が磁性と伝導性を担っていますが、近年開拓されている磁気スキルミオン物質の中には、磁性と伝導性が異なる電子軌道に由来する物質が多数報告されています。磁性と伝導性を担う電子軌道が分離していると、十分に低温であっても、伝導電子は磁気秩序構造とスピンの向きを揃えながら運動しない可能性があります。このような伝導状態をトポロジー変化の観点から捉えることで、量子ゆらぎがトポロジカル物性に与える影響を明らかにすることを計画しています。
初年度の研究で明らかにされつつあるトポロジーを基軸とした物質の性質と安定性のコヒーレントな理解を、磁気相転移以外にも適用すると、本研究の発展性を示すことができます。このため、ラマン分光などの光を用いて構造相転移を観測する実験系の構築を進めることを計画しています。

  • 研究成果

    (17件)

すべて 2023 2022

すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (15件) (うち招待講演 3件)

  • [雑誌論文] Thermodynamic determination of the equilibrium first-order phase-transition line hidden by hysteresis in a phase diagram2023

    • 著者名/発表者名
      Matsuura Keisuke、Nishizawa Yo、Kriener Markus、Kurumaji Takashi、Oike Hiroshi、Tokura Yoshinori、Kagawa Fumitaka
    • 雑誌名

      Scientific Reports

      巻: 13 ページ: 6876

    • DOI

      10.1038/s41598-023-33816-6

    • 査読あり / オープンアクセス
  • [雑誌論文] Topological Nernst effect emerging from real-space gauge field and thermal fluctuations in a magnetic skyrmion lattice2022

    • 著者名/発表者名
      Oike H.、Ebino T.、Koretsune T.、Kikkawa A.、Hirschberger M.、Taguchi Y.、Tokura Y.、Kagawa F.
    • 雑誌名

      Physical Review B

      巻: 106 ページ: 214425

    • DOI

      10.1103/PhysRevB.106.214425

    • 査読あり
  • [学会発表] ヒステリシス領域に埋もれた平衡一次相転移線の熱力学的決定2023

    • 著者名/発表者名
      松浦慧介, 西澤葉, Markus Kriener, 車地崇, 大池広志, 十倉好紀, 賀川史敬
    • 学会等名
      日本物理学会 2023年春季大会
  • [学会発表] 相競合を有する系での磁気ドメイン成長と低温ヒステリシス拡大2023

    • 著者名/発表者名
      松浦慧介, 西澤葉, 木下雄斗, 三宅厚志, 徳永将史, 車地崇, 大池広志, 十倉好紀, 賀川史敬
    • 学会等名
      日本物理学会 2023年春季大会
  • [学会発表] (d7-DMe-DCNQI)2Cuにおける大電流印加下で発現する新奇非平衡状態のNMR測定Ⅱ2023

    • 著者名/発表者名
      多田圭太朗, 本橋亮, 鈴木雄介, 伊藤哲明, 森春仁, 大池広志, 賀川史敬, 加藤礼三
    • 学会等名
      日本物理学会 2023年春季大会
  • [学会発表] K-TCNQにおける電圧誘起の散逸構造の研究2023

    • 著者名/発表者名
      清水一希, 大池広志, 熊井玲児, 沖本洋一, 賀川史敬
    • 学会等名
      日本物理学会 2023年春季大会
  • [学会発表] 一次相転移動力学の再現性とサイズ効果のフェーズフィールドシミュレーション2023

    • 著者名/発表者名
      大池広志, 西澤葉, 賀川史敬
    • 学会等名
      日本物理学会 2023年春季大会
  • [学会発表] (DMe-DCNQI-d8)2Cuにおける電流誘起伝導状態の安定性解析:内因性と外因性2023

    • 著者名/発表者名
      森春仁, 岩本直大, 大池広志, 賀川史敬, 鈴木雄介, 伊藤哲明, 加藤礼三
    • 学会等名
      日本物理学会 2023年春季大会
  • [学会発表] 非平衡過程を経由した準安定電子相の生成2022

    • 著者名/発表者名
      大池広志
    • 学会等名
      ISSPワークショップ「1000テスラ超強磁場科学の開拓」
    • 招待講演
  • [学会発表] ネットワークトポロジーの急冷凍結による準安定電子相の開拓2022

    • 著者名/発表者名
      大池広志
    • 学会等名
      JSTさきがけ「未来材料」領域 未来材料セミナー第2回
    • 招待講演
  • [学会発表] 電子相の準安定性を利用した量子物性制御2022

    • 著者名/発表者名
      大池広志
    • 学会等名
      日本物理学会 2022年秋季大会
    • 招待講演
  • [学会発表] スピン模型における相競合に由来する準安定性のモンテカルロシミュレーション2022

    • 著者名/発表者名
      高橋安徳, 大池広志, 諏訪秀麿, 賀川史敬
    • 学会等名
      日本物理学会 2022年秋季大会
  • [学会発表] MnSiにおける準安定スキルミオン相の熱流下での崩壊過程の研究2022

    • 著者名/発表者名
      門恭平, 大池広志, 吉川明子, 田口康二郎, 十倉好紀, 賀川史敬
    • 学会等名
      日本物理学会 2022年秋季大会
  • [学会発表] MnSiの準安定スキルミオン相における巨大なネルンスト効果2022

    • 著者名/発表者名
      大池広志, 海老野哲朗, 是常隆, 吉川明子, Max Hirschberger, 田口康二郎, 十倉好紀, 賀川史敬
    • 学会等名
      日本物理学会 2022年秋季大会
  • [学会発表] (DMe-DCNQI-d8)2Cuにおける電流誘起伝導状態の安定性2022

    • 著者名/発表者名
      森春仁, 大池広志, 賀川史敬, 房前勲, 鈴木雄介, 伊藤哲明, 加藤礼三
    • 学会等名
      日本物理学会 2022年秋季大会
  • [学会発表] 高分解能ラマンイメージングによるθ-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4の電荷の結晶化の実空間・実時間観察2022

    • 著者名/発表者名
      馬場智大, 村瀬秀明, 大池広志, 賀川史敬, 宮川和也, 鹿野田一司
    • 学会等名
      日本物理学会 2022年秋季大会
  • [学会発表] Thermally-quenched metastable phases in correlated electron systems2022

    • 著者名/発表者名
      Hiroshi Oike, Akiko Kikkawa, Naoya Kanazawa, ManabuKamitani, Yasujiro Taguchi, Masashi Kawasaki, Yoshinori Tokura, Fumitaka Kagawa
    • 学会等名
      2022 MRS Fall Meeting, Symposium "Modern Materials Thermodynamics"

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公開日: 2023-12-25  

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