研究課題/領域番号 |
22H01165
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
大熊 哲 東京工業大学, 理学院, 教授 (50194105)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 超伝導渦糸 / 非平衡相転移 / クロッギング / スメクチックフロー / Kibble-Zurek機構 / 2次元多粒子系 / 走査トンネル分光 / アモルファス薄膜 |
研究実績の概要 |
ディピニング転移直上の直流駆動力では渦糸フロー状態は乱れたプラスチックフローであるが, 駆動力を増やしていくと, まず横方向のみが秩序化したスメクチックフローとなり, さらに駆動力を増やすと等方的に秩序化したムービングブラッググラス(格子フロー)へと動的に秩序化すると予想されている。スメクチックフローの存在や, プラスチックフローからスメクチックフローへの動的状態変化は, 20年以上理論的に議論されてきたが, 実験の困難さから明確な実験証拠はこれまで示されてこなかった。我々はフロー構造の異方性を検出できる十字型試料を独自に考案し, さらに横モードロック共鳴法を新たに開発することにより, クロッギングが支配的なプラスチックフローからクロッギングが消失するスメクチックフローへの非平衡相転移の実験的証拠をつかんだ。 無秩序相であるプラスチックフローから秩序相であるスメクチックフローへの変化が非平衡相転移であることが明確になったことから, この相転移を利用して, Kibble-Zurek機構の非平衡相転移における初の実証実験に挑んだ。駆動電流の大きさと駆動電流を増やす速度(クエンチ速度)を変えながら, フローする渦糸格子の秩序度を調べた結果, 駆動電流を素早く増加させた方が格子は乱れており, 多くの格子欠陥が生成されていることがわかった。大きな電流値まで電流を増やしたとき, 格子欠陥の密度はKibble-Zurek機構で予想される電流の増加速度のべき乗則に従い, またそのべきから決まる相転移の臨界指数もKibble-Zurek機構の理論値と近いことがわかった。この結果と臨界緩和を反映した実験結果は, 格子欠陥が確かにKibble-Zurek機構に従って生成されたことを示している。以上の事実により, 非平衡相転移においてKibble-Zurek機構が成り立つことを初めて実証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初計画ではまず, クロッギング現象を明確に観測するため, クロッギングがフロー方向に敏感であることに着目し, 駆動力の方向を90度変えてフロー状態を検出できる十字型試料を用いた輸送測定を行った。さらに, 巨視的輸送測定と相補的な微視的情報を得るため, 運動を凍結させた渦糸の実空間像を観測できる, 輸送測定と走査トンネル分光(STS)が可能なハイブリッド型走査トンネル顕微鏡の開発を進めた。その結果, まず輸送測定からは, 駆動力増大によるプラスチックフローからスメクチックフローへの変化が非平衡相転移である強い証拠をつかんだ。そこで, 当初計画にはなかった, 非平衡相転移におけるKibble-Zurek機構の初の検証実験に取り組んだ。Kibble-Zurek機構は無秩序相から秩序相への2次転移に伴って起こる現象で, これまで多くの物理系で検証実験が行われてきた。しかし, これまでの実験はすべてが平衡相転移で行われたものであり, 非平衡相転移での実証実験はなかった。本研究では, 2次転移の検証に先立ち, まずKibble-Zurek機構の実証実験に着手した。その結果, Kibble-Zurek機構の証拠となる2つの実験事実を観測した。その結果は直ちに論文に発表し, Physical Review Letters誌のEditors’Suggestionに選ばれた。これらは当初の計画以上の成果であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は, (1)緊急性の高いKibble-Zurek機構の発展的実験から進め, その後は当初計画通り, (2)渦糸の実空間像を観察するSTS装置の整備, そして (3)非平衡クロッギング転移の検証実験と進めて行く。 (1)昨年度後回しにした, Kibble-Zurek機構成立の前提となるプラスチックフローからスメクチックフローへの非平衡相転移が2次相転移であることの実証を行う。そのため十字型試料を用いて, ある方向にフローさせた状態で,それと直角方向に摂動となる弱い駆動力を重畳させ速度応答を調べる。2次転移ならば, 直角方向の駆動力をパラメタとした臨界現象が観測されるはずである。 引き続き, Kibble-Zurekの物理を深化させる実験を行う。従来の実験では, 転移点前後でクエンチレートが対称な過程のみが用いられていたため, 欠陥密度が転移前の無秩序相での相関長で決まるのか, 転移後の秩序相での相関長で決まるのかは未解明であった。そこで, 転移前と転移後の相関長の欠陥密度への影響を独立に調べるために, 転移点の前後でクエンチレートを変える非対称クエンチ過程の実験を行う。 (2)輸送測定を行った試料に対して, その場で渦糸の微視的配置を観測できるハイブリッド型STS装置を完成させる。これによりスメクチックフローの実空間でのフローパターンやKibble-Zurekの実験におけるトポロジカル欠陥の直接観察を行う。 (3)独自に開発した“書き込み”と“読み取り”からなる2段階の渦糸の過渡応答測定を駆使し, “読み取り”実験において, 定常状態へ向かう電圧(速度)波形の緩和時間を駆動力の関数として測定する。緩和時間が臨界駆動力に向かってべき乗で発散した場合は, 非平衡クロッギング転移の強い証拠となる。べきの値から, 相転移の普遍クラスを決定する。
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