研究課題
昨年度までの研究により、非常に強い1次の金属-絶縁体転移を示す(DMe-DCNQI)2Cuに対し、2mAの電流印加下で冷却すると、80K近辺の金属-絶縁体転移温度より低温で、金属と絶縁体の中間的な抵抗値を示す非平衡定常状態が実現し、この状態においては金属相と絶縁体相が空間的に自己組織化した状況であることを明らかとしていた。これは電子系における「散逸構造」という観点で理解することができる。本年度の研究においては、2mA印加下の1H-NMR測定を行い、スペクトルとスピン-格子緩和曲線を得ること成功した。この結果を解析することにより、主に以下2点の結論を得ることに成功している。1)金属と絶縁体の自己組織化構造は、試料周辺の環境温度を絶対零度近辺(最低測定温度5K)まで変化させても安定に生き残る。ただし、その金属と絶縁体の体積分率は、試料周辺環境温度に大きく依存し、環境温度を低下させると絶縁領域体積分率が系統的に大きくなっていることが明らかとなった。2)散逸構造においては、ベナール対流の例が示すように、温度効果が重要な役割を果たす。既存の物性物理においては電流による発熱は本質的でない効果として顧みられないことが多かったが、「電子の散逸構造」の観点からは発熱が重要な役割を果たしている可能性がある。2mA印加下の1H-NMR測定のスペクトル形状並びに強度の解析により、2mA印加下の試料温度をダイレクトに求めることに成功した。その結果、2mA印加下において、環境温度80K以上の領域においては発熱の効果は働いておらず試料温度と環境温度はほぼ一致するが、環境温度80K以下においては発熱による「試料温度ロッキング機構」が働いており、環境温度を絶対零度近辺まで低下させても試料温度は転移温度の80Kに保たれる結果を見出した。これらの結果は、本系の電子散逸構造の際立った特徴を示すものである。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究課題は、電流印加下という非平衡状態における電子物性の開拓を行うものである。その中で、平衡から遠く離れた非線形領域における現象は取り扱いが難しく、電子物性における確立した議論は存在しなかった。一方で、非平衡熱力学の学問体系の中では、このような非線形領域においては、時空間的な一様解が不安定化し、時間的・空間的な構造化が現れることが知られており、これは「散逸構造」として認識され、様々な系における「散逸構造」の発現並びにその特徴が議論されてきている。本研究課題においては、この「散逸構造」の発現を電子系にまで拡張することに成功している。これは電子物性物理学と非平衡熱力学という異なる分野をつなぐ新たな境界分野開拓としての意義を持つ。また、本研究の(DMe-DCNQI)2Cuを舞台とした散逸構造に対しては、環境温度を転移温度80Kから絶対零度近辺までの広い領域で変化させても、試料温度が常に転移温度の80Kに保たれるという「試料温度ロッキング機構」が働いていることを明らかとすることにも成功している。これは散逸構造という観点の中でも、新奇物理現象であり、散逸構造の理解を進展させるものである。以上複数の理由から「当初の計画以上に進展している」と判断できる。
(DMe-DCNQI)2Cuで観測された自己組織化電子状態について、以下の測定を進め、電流印加電子系という非平衡開放系を舞台とした散逸構造の特徴について最終結論を下す。印加電流を変化させながら、室温~5Kまでの環境温度域において、1H-NMRのスペクトル・スピン格子緩和曲線の測定を行い、●自己組織化時における金属/絶縁体体積分率について、温度依存性のみならず、電流(すなわち散逸構造の最重要パラメーターの「流れ」)依存性をも明らかとする。●試料温度ロッキング機構が、どのような印加電流・温度領域まで実現するかを実験的に解明する。これにより、本研究課題の電流印加下自己組織化現象がなぜ安定化するのか(逆の言い方をすれば、どのような条件で不安定化し、一様解に戻るのか)を明らかとし、本系の散逸構造実現のメカニズムの最終結論を得る。
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Physical Review B
巻: 108 ページ: 104410-1-7
10.1103/PhysRevB.108.104410