研究課題/領域番号 |
22H01422
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
多辺 由佳 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (50357480)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 熱ー力の交差相関 / カイラル液晶 |
研究実績の概要 |
本研究課題は,カイラル液晶の一方向熱輸送を対象とする。2022年度は,直径数ミクロン~数十ミクロンのコレステリック(別名カイラルネマチック)液晶滴を純水や水溶液中に分散させ,これに温度勾配を印加して,滴を一方向に定速回転させることに成功した。液晶のカイラリティもしくは与える温度勾配を反転させると,いずれの場合にも,滴の回転方向が逆転することを確認した。この結果は,カイラルな液晶滴の一方向回転が,鏡面対称性の破れに起因する熱とトルクの交差相関によることを決定づけるものである。他グループによる先行研究では,液晶と混和しない水やグリセリンなどの溶媒中のコレステリック滴に熱流を与えても一方向回転は起きないと報告されている。そのため,カイラル液晶の一方向回転を駆動するには液晶中を透過する物質の流れが必要不可欠であり,熱と力の交差相関だけでは回転は起きない,と解釈されてきた。我々の実験結果はこれを覆すものである。 本実験ではパラメータを最小限にするため,コレステリック液晶滴のサイズを直径20~100μmにそろえた。試料として用いたシアノビフェニル系液晶は,親水性溶媒との界面で水平配向規制を受けるため,上述のサイズの滴内の配向は,捩じれた欠陥線を伴う螺旋状になる。温度勾配を印加すると欠陥線が勾配方向に平行になり,これを軸に定常的な一方向回転を示した。さらに粒子追跡法で回転中のコレステリック滴内外の流動場を調べたところ,滴は剛体回転していることがわかった。以上をまとめると,非親和性の溶媒中に分散させたコレステリック滴に熱流を流したとき,滴は熱流方向を軸として,剛体的な一方向回転を示すことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請時に提案した計画のうち,カイラル液晶を用いた温度センサーを具体化した。まず,水およびグリセリンという一般的な液体中に,これらと混和しないカイラル液晶滴を分散させて温度勾配を与えた際,熱流による滴の一方向回転が100%の確率で起きる条件を確立した。次に,この条件を満たした滴の回転速度を,印加する温度勾配を系統的に変えて測定し,広い温度域での両者の線形性を確認した。これにより,液晶滴の回転速度から一意的に液体中の温度勾配が決められるようになった。さらに,回転速度と温度勾配の比例係数は,滴の内部配向に依存することもわかった。具体例を挙げると,シアノビフェニル系液晶に1%のカイラルドーパントを添加した試料で直径20マイクロメートルのコレステリック滴を作ってグリセロールに分散させたとき,滴が1分に1回転の速さで回転していれば,およそ0.25 K/μmの温度勾配があることになる。また温度勾配の向きは,回転方向でわかる。滴の回転速度が正確に測定できれば,温度勾配はおよそ±5%程度の精度で求められることを示した。液体中に不均一な温度分布がある場合には,局所位置での温度勾配を検出できることも,本センサーの特徴である。 以上まとめると,カイラル液晶滴の回転から水やグリセリン中の温度勾配を,位置と時間ごとに検出できるようになった。 研究計画のもう一つの柱である,カイラル液晶滴の外場回転による熱輸送を検出するため,ネマチック―等方相2層界面の作製を行った。2層界面作製には成功したものの,平坦な界面は不安定で,自発的にドメイン構造に分かれることがわかった。また,当初使用予定であったフッ素液体が製造中止となって入手できなくなったため,親水性溶媒のみで実験を進めた。
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今後の研究の推進方策 |
(1)カイラル液晶滴の回転から液体中の温度勾配が出せるようになったので,センサーとして精度を上げるため,滴の回転速度を正確かつ速やかに測定できる系を構築する。具体的には,画像解析により回転速度をリアルタイムで数値化する:カイラル液晶滴は捩じれた配向をとるため,偏光顕微鏡下では螺旋状のテクスチュアを示す。滴が回転すると螺旋模様がずれていくので,時間ごとの画像を重ね合わせて時間相関を求めるプログラムを作る。ハード面では,顕微鏡像の空間分解能を上げるため,液晶セル用基板を現在のサファイヤからダイヤモンド基板に代え,対物レンズと光学系を最適化して収差を減らす。 (2)熱輸送の検出および温度センサーとしての応用いずれにおいても,熱と力との変換効率である交差相関係数が大きい系を得ることが重要になる。サーモトロピック液晶の他,ライオトロピック液晶に対象を広げ,交差相関係数を決定する因子が何であるかを調べる。 (3)液晶-等方相の2層界面が不安定であることがわかったので,実験系を次のように変更する。温度勾配下でカイラル液晶滴が定常回転している初期状態から,熱源を切って系を断熱し,その後の温度勾配変化を測定する。対照実験として同じ母液晶・同じ大きさのネマチック滴を用意して比較することで,カイラル液晶滴の回転が熱輸送にどう寄与するかを調べる。温度の時間変化は,2層界面の変位の代わりに液晶の相転移点で検出する。
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