研究課題
本研究は、非平衡の分子凝集プロセスである真空蒸着により物性が極めて大きく異なる2つの材料を非晶質膜として混合堆積させ、その相分離構造をナノサイズで制御して新たな光学物性を有する薄膜を創出すること、さらにはその薄膜を有機ELデバイスへと応用し光取り出し効率を飛躍的に改善することを目指すものである。当初より予定していた研究実施計画に基づき、R4年度は特に非晶質有機半導体材料(トリフェニルアミン系有機EL正孔輸送材料)とフッ素系絶縁樹脂材料の組み合わせを主な対象とし、これらを共蒸着によって混合成膜することで混合膜のナノ相分離構造の制御を試みた。制御因子として、非晶質有機半導体材料の分子量・ガラス転移温度および成膜速度を中心に検討を行い、小角X線散乱(SAXS)測定等によりナノ相分離周期構造の評価を行った。その結果、非晶質有機半導体材料の分子量・ガラス転移温度が高いほど、また、成膜速度が高いほど、ナノ相分離周期構造が細かくなることが明らかとなった。この結果は、非平衡の蒸着プロセスにおいて分子が表面に堆積・凝集する際の表面拡散・構造緩和の観点から理解することができ、これら因子によって混合膜のナノ相分離構造を制御できることが示された。また、上記のナノ相分離混合膜に対して、フッ素系溶媒を用いてフッ素系絶縁樹脂を選択溶解し、溶解後のナノポーラス超低屈折率膜を作製し、その膜厚・屈折率・相分離周期構造をエリプソメトリー測定とSAXS測定によって評価した。その結果、非晶質有機半導体材料の分子量・ガラス転移温度が高いほど、多孔質化の際のナノポーラス構造の崩れを抑制できることが明らかとなった。さらに、最もナノポーラス構造が崩れにくかった非晶質有機半導体材料「TPT1」を用いて実際にナノポーラス超低屈折率膜を導入した有機ELデバイスの作製・評価を行い、約1.4倍の光取り出し効率の向上を実証した。
2: おおむね順調に進展している
「研究実績の概要」に記したとおり、研究は順調に進展している。当初は次年度(R5年度)以降に実施予定であったナノポーラス超低屈折率膜の有機ELデバイス応用について、初年度(R4年度)に先行的に実施することができ、本研究で開発した膜を有機ELデバイスに応用することでその光取り出し効率の飛躍的な向上が可能であることが実証された。すなわち、次年度の研究計画を先行的に実施し、当初の予定より速やかにデバイス応用に対する実証実験を行うことができており、その点は当初の計画以上の研究の進展を見せている。一方で、ナノポーラス超低屈折率膜の構造強度の向上については、非晶質有機半導体材料のガラス転移温度や分子間水素結合に着目した種々の検討は行ったものの、現状のところデバイスとしての高い安定性を満たすレベルの十分な結果は得られていない。初年度に十分に進めることができなかった光架橋による構造強度の向上について、次年度以降十分な検討を行うことが必要である。また、初年度の研究成果に関する論文化を速やかに進める必要があると考える。以上を総合的に見て、研究は「おおむね順調に進展している」とした。
今後の最も重要な課題の1つとして、ナノポーラス超低屈折率膜の構造強度の向上が挙げられ、次年度(R5年度)以降はまずその検討に注力する。初年度(R4年度)においては、非晶質有機半導体材料のガラス転移温度や分子間水素結合に着目した検討では構造強度の向上に対して十分な効果が見られなかったため、新たに光架橋による構造強度の向上に関する検討を進め、その可能性を十分に探っていく。具体的には、紫外光照射により光架橋が進行する非晶質有機半導体材料を用い、その材料とフッ素系絶縁樹脂材料および微量の光架橋開始剤とを共蒸着により混合成膜し、その後に紫外光照射による光架橋を行ってナノ相分離構造を十分に固定化した上で、フッ素系溶媒を用いたフッ素系絶縁樹脂の選択溶解・ナノポーラス化を行う。この新たな一連のプロセス開発により、ナノポーラス膜の構造強度の向上を図り、構造強度が十分に高いナノポーラス超低屈折率有機半導体薄膜の実現を目指す。また、その膜を用いた有機ELデバイスを作製・評価し、光取り出し効率の向上とデバイス安定性の向上とを両立させることを目指す。
IDW '22 Best Paper Awardに選出(https://www.idw.or.jp/award.html)
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