研究課題/領域番号 |
22H01957
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
坂本 一之 大阪大学, 大学院工学研究科, 教授 (70261542)
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研究分担者 |
宮町 俊生 名古屋大学, 未来材料・システム研究所, 准教授 (10437361)
小田 竜樹 金沢大学, 数物科学系, 教授 (30272941)
水津 理恵 名古屋大学, 理学研究科, 特任助教 (90373315)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 原子層結晶 / ラシュバ・エデルシュタイン効果 / スピン軌道相互作用 / スピントロニクス / 界面 |
研究実績の概要 |
固体表面上に作製した原子1層から数層の原子層結晶では、スピン軌道相互作用と層垂直方向の反転対称性に起因したスピン偏極電子バンドが生じる。原子層結晶の両端に電位差をかけるとこのバンドを介したスピン偏極電流が流れ、スピンホール効果によりその向きに依存して原子層の上もしくは下に電子スピンは移動するはずである。このことから、原子層結晶上に磁性層を成長させると、原子層結晶との界面でラシュバ・エデルシュタイン効果によるスピン蓄積機構が期待される。研究代表者は、これまで原子層結晶の構造に由来する、理想的なラシュバ効果では説明できない層垂直方向を向く特異な偏極スピンの存在や、ラシュバ効果が小さい重元素原子層結晶以外の系においても軌道角運動量の影響が大きければスピン偏極バンドが生成することを報告してきた。このことは、原子層結晶の構造などを制御することでスピンの向きだけでなく、スピン流の偏極度も制御可能であり、これまでにない概念のスピントロニクスデバイスが創出できる可能性を意味している。そこで、原子層結晶のスピン偏極電子バンドを大きく変調させることなく磁性層を成長させることを目的に、基板との相互作用が弱いことが期待される磁性分子を含む種々の有機分子を成長させた原子層結晶のバンド構造を測定した。その結果、In 2層からなる原子層結晶の場合、どの有機分子を蒸着してもバンド構造が大きく変調しないこと、TlとPbの合金1層からなる原子層結晶の場合は有機分子がCoを含む場合はCoとTlの強い相互作用のためにバンド構造が大きく崩れるものの、それ以外の有機分子では変調がほとんど見られなかった。現在は微小電流を流すことでの原子・分子構造やバンド構造への影響を調べている。また、主課題以外にも原子層結晶と同じくスピン偏極電子バンドを有するトポロジカル絶縁体への磁性有機分子蒸着の影響も調べた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
磁性有機分子蒸着による原子層結晶の電子バンドへの影響を明らかにした。また、原子層結晶として、超伝導が発現するIn 2層の原子層結晶を用いた場合、蒸着分子によって超伝導転移温度が変わることとその要因を明らかにした。In原子層超伝導体にCuPc分子を蒸着すると、転移温度が上昇する。この要因はCuPcからIn層へのわずかなホールドープであると報告されていたが、ZnPcを蒸着したところCuPcよりも転移温度が大きく上がったものの電子バンドの測定からはそれに対応する大きなホールドープは認められなかった。このことから、転移温度の変化が分子から原子層結晶への電荷移動ではなく、分子吸着による原子層結晶の最外層の電子軌道の歪み、いわゆるプッシュバック効果であると結論した。また、電子親和力が大きいことから大きなホールドープが期待されるPDCDA分子を蒸着してIn原子層結晶の超伝導転移温度の変化を調べたが、ホールドープは観測されず、転移温度も蒸着量に依存して下がり、常伝導状態の面抵抗率も大きくなって絶縁体的な振る舞いを示した。このような変化はIn原子層結晶上に規則正しく配列するPc分子では観測されなかったことと、PCTDA分子は局所的に配列が大きく乱れていることから、このIn原子層結晶への局所的なポテンシャルの乱れが超伝導を壊していると結論した。In原子層超伝導体にCoPc、FePc、MnPcなどの磁性有機分子を蒸着すると超伝導転移温度は下がるが、原子層結晶の電子状態、磁性有機分子の分子軌道は大きく変調しなかった。これらの結果は当初の計画以上の成果があると言える。そのため、原子層結晶のスピン偏極電流が磁性層に与える影響の測定が計画通りに進まなかったものの、全体としておおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、昨年度得た結果をより発展させるため、以下のものを計画している。 (1)基板にわずかな電流を流した時の原子層結晶のバンド構造の変調と吸着分子の分子軌道の変調に関する知見を角度分解光電子分光で得る、(2)基板に電流を流した状態でスピン分解光電子分光とスピン偏極操作トンネル顕微鏡により分子軌道のスピン状態に関する情報を得ること、(3)昨年度は達成できなかった単分子で強い保磁力を示すダブルデッカー型テルビウム錯体TbPc2の合成と、(4)同分子蒸着によるIn原子層結晶とTlPb原子層結晶のバンド構造への影響に関する知見を得ることと、(5)得られた結果を第一原理計算から得た結果と比較・議論することで、原子層結晶-磁性有機分子界面での電子スピン物性を明らかにすることを計画している。また、超高真空中で作製した原子層結晶およびその上に成長させて磁性層は、大気にさらすと簡単に酸化すると想像できる。そこで、超高真空中で作製した試料の電子状態を破壊せずに大気中に取り出すため、超高真空中でイオン液体による試料をキャップすることを考えている。そこで、(6)現状では存在しない真空中でのイオン液体滴下装置を作製する。また、(7)イオン液体のキャップ材としての可能性を滴下前後の伝導測定から議論する。光電子分光測定は研究代表者の坂本が所有するスピン・角度分解光電子分光装置と国内外の放射光施設を用いて行う。イオン液体滴下装置の作製は坂本が行う。走査トンネル顕微鏡測定は研究分担者の宮町が所有するスピン偏極走査トンネル顕微鏡装置を用いて行い、新奇磁性有機分子の合成は研究分担者の水津が行う。第一原理計算は研究分担者の小田が担当する。
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