研究課題/領域番号 |
22H02042
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
鄭 誠虎 熊本大学, 大学院生命科学研究部附属グローバル天然物科学研究センター, 教授 (40390645)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2027-03-31
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キーワード | 蛋白質 / アロステリー / 分子動力学シミュレーション / 熱力学 / 時間相関関数 |
研究実績の概要 |
蛋白質のシグナル伝達やモーター蛋白質における力の生成といった機能発現においては、シグナル分子やATPとの結合の影響が遠く離れた部位に伝播する、長距離にわたる構造・エネルギー相関が存在する。しかし、分子レベルでなぜ、どのようにしてそのような長距離相関が実現されているのかはよくわかっていない。本研究では、シグナル分子やATPとの結合により蛋白質の自由エネルギー曲面がどのように変化するのかを明らかにする「揺らぐ熱力学解析」、また結合の影響が蛋白質内をどう伝播していくのかを調べる「動的協同性解析」という2つの解析を行うことにより、長距離相関の分子メカニズムの解明を目指している。 このような解析を行うためには、分子動力学シミュレーションに基づくトラジェクトリーが必要である。このため、当該年度においては以下の3つの蛋白質に対する分子動力学シミュレーションの準備と実行に取り掛かった。1つ目は adenylate kinase (ADK)で、リガンド分子との結合が蛋白質全体の構造変化を引き起こすことが知られている。2つ目はシグナル伝達蛋白質であるSrcキナーゼであり、3つ目はモーター蛋白質であるキネシンである。 ADKとSrcキナーゼに対する分子動力学シミュレーションの準備と実行は順調に進み、次年度から揺らぐ熱力学解析や動的協同性解析に移れる見込みである。これらのシミュレーションではシグナル分子やペプチドとの結合により蛋白質の大きな構造変化が引き起こされており、シミュレーション結果自体も非常に興味深いものである。一方、キネシンに関しては実験家からの助言により系のモデリングをやり直すべきだと判断し、次年度中に再度分子動力学シミュレーションの準備と実行に取り掛かる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度においては、リガンド分子との結合が蛋白質全体の構造変化を引き起こすことが知られているadenylate kinase (ADK)、シグナル伝達系蛋白質であるG protein coupled receptor (GPCR)、モーター蛋白質であるキネシンの3つの系に対して分子動力学シミュレーションの準備と実行を行う予定であった。 ADKに関しては当初の計画通りに進み、必要なシミュレーションが終わった状況である。シグナル伝達系蛋白質に関しては、当初予定していたGPCRに比べてより単純なシグナル伝達系蛋白質であるSrcキナーゼを研究対象にした方が良いと判断し、Srcキナーゼに対する分子動力学シミュレーションの準備と実行を行った。これら2つの系に対する分子動力学シミュレーションは順調に進み、次年度からはこれらのシミュレーション結果に基づく揺らぐ熱力学解析や動的協同性解析に移れる見込みである。また、これらのシミュレーションにおいてはシグナル分子やペプチドとの結合により蛋白質の大きな構造変化が引き起こされており、シミュレーション結果自体も非常に興味深いものである。 キネシンに対して当初行ったモデリングに関して実験家に相談したところ、このモデリング(キネシン+レール蛋白質であるtubulinを一列に並べたもの)では不十分で、tubulinが少なくとも三列必要だとの助言を受けた。この助言を元にモデリングをやり直し、次年度に分子動力学シミュレーションに進む予定である。 このような理由により、「おおむね順調に進展している」という進捗状況を選択した。
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今後の研究の推進方策 |
今後まず優先的に取り組むのはキネシン系の適切なモデリングである。レール蛋白質であるtubulinを三列に並べ、その上でさらにキネシンの運動において最も重要な部分であるneck linkerと呼ばれるX線でも構造が決まっていない領域の信頼性のある構造モデリングを行うことは容易ではない。このような理由から、効率的な構造サンプリング法であるレプリカ交換シミュレーションを利用しながらモデリングを進める予定である。また、新たなモデリングでは系の総原子数が300万原子ほどになるので、モデリングが終わった後でも数年に渡るシミュレーションが必要であると考えている。 シミュレーションが既にほぼ終わったADKとSrcキナーゼに対しては、得られたトラジェクトリに対し「揺らぐ熱力学解析法」を適用し、蛋白質の構造の関数として自由エネルギー曲面を求める。これにより、シグナル分子との結合によりADKやSrcキナーゼの自由エネルギー曲面がどのように変化するのかを可視化することが可能となり、長距離相関が「なぜ」起きるのかを明らかにしたいと考えている。さらに、自由エネルギー曲面にどのアミノ酸残基がどれほど寄与するのかを定量的に評価することにより、長距離相関の分子レベルでの熱力学的起源の解明を目指す。Srcキナーゼに対してはシミュレーション結果のみで論文がかける見込みであるので今年度中に論文投稿を行う予定である。またADKやSrcキナーゼに対する熱力学解析の結果がまとまった段階で、学会発表及び論文投稿を行う予定である。
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