研究課題
1925年にドイツの物理学者フリードリヒ・フントは「同一の電子配置において最大のスピン多重度を持つ状態が最低エネルギーを持つ」という経験則を提案した。このフントの規則は、多電子原子や分子の基底状態や励起状態において広く成り立つ。例えば、数多くの有機化合物の三重項励起状態は、一重項励起状態より低エネルギーで、両状態のエネルギー差ΔESTは正であると知られている。もし負のΔESTを実現できれば、三重項励起状態を低エネルギーの一重項励起状態に速やかに変換する理想的な有機EL材料を実現できると期待できる。本研究では、約3万5千種の分子の理論計算を行い、負のΔESTを持つ可能性がある候補分子HzTFEX2を見い出した。この分子のΔESTは、多数の電子配置間の相互作用により負になると考えられる。パウリの排他原理より、三重項励起状態と比べ一重項励起状態の方がとり得る二電子励起配置の数が多いため、配置間の相互作用によってエネルギー的に安定化される。この一重項の安定化が、交換相互作用による三重項の安定化を上回り、ΔESTが負になることを明らかにした。HzTFEX2は、一重項励起状態と三重項励起状態間の可逆的な項間交差を介して起こる遅延蛍光を示し、その寿命はわずか217 nsであった。また、低温において遅延蛍光が短寿命化し、正のΔESTを持つ通常の有機化合物とは全く逆の性質を示した。これは、一重項励起状態が、三重項励起状態よりも低エネルギーであり、低温において発光を担う一重項励起状態の占有密度が増大するためであると考えられる。この遅延蛍光の温度依存性から、ΔESTを-11 meVと決定した。さらに、HzTFEX2を用いた有機EL素子の外部量子効率が17%(内部量子効率85%に相当)に到達したことから、電流励起で生じた三重項励起状態が効率的に発光に利用できることを実証した。
2: おおむね順調に進展している
励起一重項と三重項のエネルギーが逆転した有機EL材料の一例目の開発に成功した。したがって、本研究課題は、おおむね順調に進展している。
さらなる材料開発を進め、材料の詳細な光物性を評価する。過渡発光減衰から項間交差と逆項間交差の速度定数を見積もる。項間交差と逆項間交差の速度定数の温度依存性から活性化エネルギーをそれぞれ求め、その差から実験のΔESTを決定し、計算値と比較する。また、過渡吸収分光によって励起状態ダイナミクスを明らかにする。さらに、開発した材料を発光層に用いた多積層型有機ELデバイスを作製する。発光波長やフロンティア軌道のエネルギー準位を考慮して、分子のポテンシャルを最大限に引きす出すデバイス構造を適用し、高輝度時の外部量子効率やデバイスの耐久性の向上を実現する。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 4件、 招待講演 10件)
Nature
巻: 609 ページ: 502-506
10.1038/s41586-022-05132-y
Chemical Engineering Journal
巻: 434 ページ: 134728
10.1016/j.cej.2022.134728