研究実績の概要 |
有機化合物中に普遍的に存在するsp3C-H結合の自在な官能基化は反応化学のチャレンジの一つである。高原子価金属オキシド種を活性種とする水酸化反応は、sp3C-H結合の均一開裂を経るため、C-H結合の結合解離エネルギー(BDE)が反応速度の良い説明変数となる。本研究代表者はこれまでに鉄オキシド-ポルフィリン種を安定に観測できる系を確立し、これを利用してアルカン類の酸化反応を高精度に解析できることを報告した。ここでBDEのみを説明変数とした既存の方法では反応速度が十分に説明できない場合があることを予備的知見として得た。この謎を研究の出発点とし、結合の「かたさ」がBDEと相補的に機能する説明変数であるという作業仮説を立て、sp3C-H結合の活性化における反応活性化障壁の説明を試みた。 2022年度は、鉄(IV)(オキシド)(5,10,15,20-テトラメシチルポルフィリンラジカルアニオン)(クロリド)を酸化剤とし、環状および鎖状アルカン、ハロアルカン、エーテルの水酸化反応を検討した。電子遷移スペクトルによって酸化活性種濃度の経時変化を直接追跡・解析することにより、反応の速度定数(k)を決定した。得られた速度定数の対数値(ln k)をとり、それらを基質のC-H結合の結合解離エネルギーに対してプロットした。高いBDEを持つ基質の酸化反応ほど ln k が小さくなる傾向が見られたがプロットは大きく分散しており、約10の基質に対して回帰直線の決定係数は0.4ほどであった。具体的には同程度のBDEを有する基質でも 1000 倍の速度差を示す場合もあった。続いて、C-H結合の振動の波数を第2説明変数として用いて回帰平面を求めたところ、決定係数0.9と精度良く ln k を説明することが可能であった。これは波数で表現される結合のかたさが反応に関与していることを裏付けるデータである。
|