研究課題
本年度は、申請書に基づき、同位体比の異なる鉛試料を入手したうえで、これらについてミュオン照射実験を行い、放出されるミュオン特性X線、即発ガンマ線、崩壊ガンマ線を利用した非破壊同位体分析の実証実験を行った。実験は国内の茨城県東海村、J-PARCのミュオン実験施設において、J-PARCの共同利用の実験課題番号、2023A0090および2023B0285として実施した。2023A0090実験においては、J-PARCのパルスミュオン構造に最適化した実験システムを構築し、特にミュオン照射後に生成する長寿命(半減期数日以上)の放射性同位元素について、その収量を精度よく決定した。質量数204の鉛の同位体については、過去に報告は無く、新規のデータは取得できた。また、質量数206, 207, 208の鉛の濃縮同位体試料については、これまでスイスにおいて分析は行っていたが、同様に実験を行い、施設間の実験結果の整合性を確認するとともに、生成物の標的の質量数依存について系統的なデータが取得できた。2023B0285実験においては、非破壊同位体分析の実証実験として、天然試料で同位体比の異なる鉛試料の分析を行い、即発ガンマ線および崩壊ガンマ線の強度が検出可能かの検証実験を行った。なお、これらの鉛試料は、比較データとしてあらかじめ質量分析により同位体比を決定し、同位体比に数%の違いが存在することを確認した。天然鉛試料(方鉛鉱)からのガンマ線の強度をミュオン特性X線の強度で規格化し比較したところ、同位体値の違いによりガンマ線強度に違いが生じていることが分かった。単一の同位体試料の分析結果を使うことで、それぞれの方鉛鉱試料の同位体比を見積もったところ、質量分析により決定した同位体比と整合することが明らかとなった。
1: 当初の計画以上に進展している
これまでの研究は極めて順調に進展している。すでにスイスのポールシェラー研究所における実験(2022年度)と、国内のJ-PARCにおける実験(2023年度)をそれぞれ2回実施しており、それぞれの研究施設から得られる時間構造の異なる連続、パルスミュオンビームを利用した実験が完了した。それぞれにおいて、標準試料となる単一同位体試料と、実証実験のための天然試料の両方について測定を行った。本研究の当初計画として示していた、鉛の各同位体に対するミュオン特性X線と、ミュオン原子核吸収反応後に放出される即発、および崩壊ガンマ線計測を行い、それぞれの同位体においてどのような原子核がどれだけ生成するか(どのエネルギーのガンマ線がどの強度で放出されるか)について明らかにした。とくに、質量数204の鉛の同位体は、過去の実験においても報告が全くなく、新規のデータが取得された。さらに、これらの基礎データを用いた非破壊同位体分析の実証実験についても行った。同位体比の異なる鉛試料として、中国産と米国産の方鉛鉱(PbS)試料を入手し、それらを国立歴史民俗博物館において同位体分析を行った。そしてそれぞれの試料において同位体構成比が数%異なることを確認したうえで、ミュオン実験を行った。現在のミュオン実験の精度では、ガンマ線の強度から同位体比の違いを検出するためには数%の同位体構成比の違いが必要であるが、見積もりしていた通り同位体比の違いによるガンマ線で検出することができた。これらの成果を受けて、研究成果のとりまとめ、論文化についてすすめた。
今年度の成果によって、本研究で目的としていたミュオンによる非破壊の同位体分析が可能なこと、また同位体比の違いを実際にミュオンにより検出可能であることを示した。得られたデータについて、主要なものはすでに解析済みであるが、強度の弱いミュオン特性X線やガンマ線の分析は完了しておらず、今後引き続きデータの解析を進める。また、関連してこれらの実験データのとりまとめと論文化を進める。本研究が目的とする内容についてはほとんど達成されたが、より詳細な議論や実用化を進めるためには、より精度の高い測定を行い、実験誤差を改善する必要がある。同位体比の弁別をより精度を高めるための検出システムのさらなる最適化や、統計精度の向上、さらにはこの手法の適用範囲の明確化を行う必要がある。このため、同位体比がさらに異なる鉛試料を入手し、J-PARCもしくはポールシェラー研究所において実験を行い、分析法の確立に向けた基礎研究を実施していく。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 4件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 3件、 招待講演 4件)
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