研究課題
本研究は糸状菌の基質攻略における初期イベントについて、細胞表層物質の機能に着目し、生態的・系統進化的に特徴の異なる菌類を比較しながら、糸状菌たる生き方の基本原理を理解することを目的としている。本目的を達成するため今年度は、遺伝学的、生化学的なアプローチを中心として、(1)細胞表層多糖を介した菌糸ー基質間の定着機構の解析、(2)低分子量分泌タンパク質(SSPs)を介した基質定着性と基質分解促進機構の解析に関連する研究を実施した。具体的には、(1)に関連して、トウモロコシごま葉枯病菌における細胞外マトリクス(ECM)を構成する多糖の生合成に関与する酵素遺伝子を同定し、その局在と合成される多糖の主成分を明らかにした。また、木材腐朽菌ヒラタケにおいて、細胞表層に局在する細胞壁多糖の生化学解析を実施し、子嚢菌と担子菌では細胞壁多糖の種類と量、空間配置が異なることなど幾つかの新知見を得た。次に(2)については、麹菌が栄養基質にキシロースを用いた際に特異的に分泌するSSPsとして、新規ハイドロフォビンを同定し、その遺伝子破壊株の性状を解析した。また、トウモロコシごま葉枯病菌における4種のハイドロフォビン遺伝子の全破壊株の解析から、本菌における菌糸表面への疎水性付与はハイドロフォビン依存的ではなく、環状ペプチド化合物依存的であることを明らかにした。さらに、ヒラタケにおいて、リグニン分解時に発現上昇するSSPsとして、2種のハイドロフォビンを同定し、それらが協調的に菌糸表面に疎水性を付与すること、その片方はリグニン分解にも関与している可能性があることを明らかにした。以上のように、今年度実施した解析から、糸状菌の細胞表層に局在することが一般的に知られている物質であったとしても、その機能は菌種により様々であり、それらは生態的・系統進化的な特徴に基づいて進化を遂げてきたと考えられた。
2: おおむね順調に進展している
今年度本研究では、トウモロコシごま葉枯病菌、麹菌、ヒラタケという特徴的な菌種を用いて、細胞表層物質について遺伝学的・生化学的な解析を実施し、当初の想定を上回る成果を挙げた。具体的には、1)トウモロコシごま葉枯病菌における細胞外マトリクス(ECM)構成多糖の生合成酵素遺伝子を同定し、その局在および多糖主成分を特定した。また、その多糖は糸状菌由来としては新奇の多糖であることを示唆するデータも得ている。2)トウモロコシごま葉枯病菌における菌糸表面への疎水性付与は両親媒性タンパク質のハイドロフォビンではなく、環状ペプチド化合物依存的であることを明らかにした。本成果は、国内外の研究集会において高い評価を得ている。3)麹菌において、キシロースを栄養基質とした際に特異的に分泌されるSSPsについて解析し、 新規ハイドロフォビンおよび新規のSSPを同定した。また、ハイドロフォビンについては、遺伝子破壊株の性状解析を行い、国内研究集会においてその成果を公表した。4)ヒラタケにおいて、細胞表層にある細胞壁多糖の生化学解析を実施し、子嚢菌と担子菌では細胞壁多糖の種類、空間配置が異なることを明らかにした(国内外研究集会にて成果公表)。また、担子菌の細胞壁構築機構についての新知見も得て、国内研究集会にて高評価を得た。5)ヒラタケにおいて、リグニン分解時に発現上昇する2種のハイドロフォビンを同定し、それらが協調的に菌糸表面に疎水性を付与すること、その片方はリグニン分解に関与している可能性があることを明らかにした。これらの成果は、論文として取りまとめ国際誌に投稿し、掲載が決定している(アクセプト2報)。一方、当初予定していた細胞表層物質について精製多糖や発現タンパク質を用いた機能評価については、準備を進める段階に留まっている。以上より、総合的には概ね順調に進展していると自己評価している。
今年度実施した、糸状菌におけるハイドロフォビンの機能比較解析において、ハイドロフォビンの機能は菌種および生存戦略の違いによって多様に分化している可能性が示唆された。特にトウモロコシごま葉枯病菌において菌糸表面への疎水性付与に関与しないことや、ヒラタケにおいてリグニン分解を促進する可能性が示されたことは新知見である。今後は、麹菌やヒラタケにおける機能性に着目して分子遺伝学的な解析を深化するとともに、可能なものについては精製を進めin vitroからもその機能性を評価する。また、細胞壁についても担子菌と子嚢菌における構成多糖やその空間配置に違いが見出された。今後はこの違いをもたらす多糖成分の詳細な生化学解析を実施するとともに、多糖成分を精製し、人工基板上への精製多糖の吸着性解析などから多糖の物性を評価する。また、担子菌と子嚢菌において細胞壁構築の制御機構についても違いが認められたことから、未知の制御因子の探索を含めて、細胞壁構築に関連する因子の分子遺伝学的な機能解析を深化させる。さらに、トウモロコシごま葉枯病菌において見出したECM多糖については、糸状菌由来の多糖としては新規である可能性があることから、その生化学解析、物性評価を継続する。この多糖の生合成には少なくとも2種類の糖質関連酵素が関与しているが、それらが生合成に十分か否かは定かでない。そこで、これら遺伝子の異種発現を含めて、生合成機構の詳細を明らかにする。また、このECM多糖不全株の病原性評価、精製多糖と人工基質を用いた吸着性評価などを行い、病原性や生育環境下での機能、すなわちECM多糖を保持する生態的意義を考察する。以上のように、今後は細胞表層物質(ハイドロフォビン、細胞壁多糖およびECM多糖)について、分子遺伝学的な解析を深化させるとともに、in vitro評価も併用し、それらの機能を糸状菌横断的に比較解析する。
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Letters in Applied Microbiology
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FEMS Microbiology Letters