研究課題/領域番号 |
22H02298
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
川合 真紀 埼玉大学, 理工学研究科, 教授 (10332595)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | NADキナーゼ / シロイヌナズナ / NAD(P)(H) |
研究実績の概要 |
ピリジンヌクレオチドNAD(P)(H)は、全ての生物が細胞内酸化還元反応に用いる電子伝達物質である。呼吸や光合成、脂質代謝などで使用されるのみならず、NADPHは環境ストレスによって細胞内に生じる活性酸素種の消去系においても中心的な役割を担う。このため、NAD(P)(H)の量やバランスの変化は植物の生長のみならず、環境応答や収量に大きく影響を及ぼす。しかしながらこれらがどのように量的に制御されているのかは解明されていない。加えて、光合成という固有の代謝系が存在する植物において、オルガネラ間のNAD(P)(H)の輸送、量的センシングとシグナル伝達機構は不明な点が多い。本研究では、植物におけるNAD(P)(H)の細胞内バランス制御の分子機構を解明することを目的としている。本年度は特に、葉緑体局在性NADリン酸化酵素の活性制御機構の解明に取り組んだ。モデル植物であるシロイヌナズナは細胞内局在が異なる3種類のNADリン酸化酵素(NADK)を有する。このうち、葉緑体局在性のNADK2は、光合成電子伝達鎖における還元力の受容体としてNADPを供給する役割を担っていることから、植物が正常に生育するために必須の因子である。NADK2を欠損したシロイヌナズナ変異体(nadk2)は、恒光条件では葉の色が黄緑になり生育遅延を示すが生育が可能であるのに対し、短日条件ではさらに著しい生育阻害を示すことがわかった。またこの時、大量の活性酸素種が生じており、nadk2変異体の生育遅延の一因となっている可能性を示した。また、葉緑体局在性のNADK2は他の細胞内局在を示すNADKには存在しない長いN末領域を有している。この領域に相当する配列を持たないシアノバクテリアのNADKをnadk2変異体に導入したところ、恒光条件と短日条件で相補の程度に違いがみられたことから、NADK2に存在するN領域がNADK2の完全な機能のために必要であると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
NADK2欠損変異体の表現型として葉が黄緑になり生育阻害を引き起こすことはこれまでにも報告されていたが、本研究では、この表現型が生育光条件によって大きく変わることを新たに示すことに成功した。恒光条件では生育が遅延するが、開花して種子を作ることが可能であるのに対し、長日(16時間明期/8時間暗期)条件や短日(8時間明期/16時間暗期)条件では、ほぼ生育は停止し、抽苔することができない。また、過酸化水素の蓄積を示すDAB染色、スーパーオキシドの蓄積を示すNBT染色により、nadk2変異体ではこれらの活性酸素種がコントロール(野生型)植物よりも多く蓄積していることを明らかにした。また過酸化水素量を定量して比較した結果、nadk2変異体では恒光条件よりも明暗の切り換えがある短日条件でより多くの過酸化水素を蓄積することが示されなど、nadk変異体の生育阻害の原因の1つに大きく迫ることができた。また、シアノバクテリアのNADKを使用した相補実験により、NADK2のN末端側の領域に酵素活性を制御する機能がある可能性を見出した。これらの成果は、NADK2の制御機構の解明に大きく寄与するものであり十分な成果が得られている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究成果として、nadk2変異体では恒光条件よりも明暗の切り換えがある生育条件でより多くの過酸化水素を蓄積することを示した。また、シアノバクテリアのNADKを使用した相補実験により、NADK2のN末端側の領域に酵素活性を制御する機能がある可能性を見出した。シアノバクテリアは植物の葉緑体の祖先にあたると考えられる生物であるが、興味深いことに、Synechocystis sp. PCC 6803は代謝系における役割が異なると考えられる2種類のNADKを有する。このシアノバクテリアNADKのN末端に葉緑体への移行シグナルを連結した分子種をシロイヌナズナのnadk2変異体に導入した結果、恒光条件では良くnadk2の生育遅延や葉の色の異常を相補したが、短日条件ではその相補性は著しく低下した。この結果は、NADK2のN末端に存在する配列が明暗条件下でのNADK2の機能に必要である可能性を示している。そこで、今後の研究ではこのN末端領域の酵素活性制御機構に特に注目して研究を進めていきたい。現在、この領域内に推測される機能ドメインに変異を導入した分子種を発現させるプラスミドの作成を進めており、これらを用いてnadk2変異体の相補実験を行うことにより、それらの必要性を調べていく予定である。
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