研究課題
ピリジンヌクレオチドNAD(P)(H)は、全ての生物が細胞内酸化還元反応に用いる電子伝達物質である。呼吸や光合成、脂質代謝などで使用されるのみならず、NADPHは環境ストレスによって細胞内に生じる活性酸素種の消去系においても中心的な役割を担う。このため、NAD(P)(H)の量やバランスの変化は植物の生長のみならず、環境応答や収量に大きく影響を及ぼす。しかしながらこれらがどのように量的に制御されているのかは解明されていない。本研究では、植物におけるNAD(P)(H)の細胞内バランス制御の分子機構を解明することを目的としている。前年度に引き続き、シロイヌナズナの葉緑体局在性NADリン酸化酵素(NADK2)の活性制御の分子機構に焦点を当て研究に取り組んだ。NADK2を欠損したシロイヌナズナ変異体(nadk2)は、恒光条件では葉の色が黄緑になり生育遅延を示すが生育が可能であるのに対し、短日条件では著しい生育阻害を示す。葉緑体局在性のNADK2は、他の細胞内局在を示すNADKには存在しない長いN末領域を有している。この領域内にシロイヌナズナが明暗状態で生育するために重要な役割を担うドメインが存在する可能性があると考え研究を実施した。さまざまな生物の葉緑体局在あるいは光合成機能に関与すると考えられるNADK分子種の配列比較から、NADKの酵素活性に直接関与すると考えられるNADKモチーフに加えて長いN領域を持つようになったのは、進化的にコケやシダ植物以降であり、クラミドモナスやシアノバクテリアにはそのような配列は存在しなかった。また、N領域内のカルモジュリン結合部位やシステイン残基に注目して比較を行った結果、植物の多細胞化や陸上化に伴い、N領域が発達した可能性が新たに考えられた。
2: おおむね順調に進展している
NADK2がシロイヌナズナにおいて光合成機能や成長に不可欠な因子であることは、変異体を用いた過去の知見から明らかとなっていたが、今回、コケや緑藻のNADKとの比較を行うことにより、シロイヌナズナNADKの持つN領域が進化の過程で獲得されたものであり、少しつずつその構成を変化させてきたことが新たに示された。この変化が植物の多細胞化や陸上かとどのような関わりを持つのかを明らかにすることは、植物の環境応答におけるNAD(P)(H)代謝の調節機構を解明する上で重要なポイントになると考えられる。また、N領域内に存在すると考えられた機能未知のドメインについては、一部分を欠損させたり、アミノ酸変異を入れた変異分子種をnadk2変異体で発現させるシロイヌナズナ系統を作成中であり、これらの表現型を調べることにより、さらにN領域の機能解明が進むと期待され、研究目的に沿った十分な成果が得られている。
これまでの研究から、シロイヌナズナNADK2の持つN領域が、明暗が切り変わる生育条件に適応して植物が生育するために重要な役割を担っていることが示唆された。そのため引き続き、このN末端領域の機能に注目し、特に酵素活性制御の役割を担うかについて研究を進める。現在、この領域内に推測される機能ドメインに変異を導入した分子種を、nadk2変異体において発現させるシロイヌナズナ系統を順次作成している。T-DNA挿入変異体であるnadk2は、恒光条件では黄緑色の葉色を示し生育が遅延するが花芽をつけ、種子を取ることが可能であるが、明暗条件では著しく生育が悪化し開花しない。作成した形質転換系統でこれらの表現型が軽減されるかを調べることにより、それぞれのドメインの必要性とその役割について明らかにする予定である。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 3件)
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