研究実績の概要 |
国連の持続可能な開発目標では, 環境持続性や食料供給の課題が掲げられている.そこで本研究課題では, 土壌中から地上部への水の輸送を最適化することで, 作物の収量の増加や気候変動に対する耐性の強化を見据えた研究を展開する. 植物の根の表面から吸収された水は, 表皮と皮層を通り中心柱内部の道管に輸送された後, 道管を通して地上部へと運ばれ, 植物の成長を支える葉での光合成に利用される.皮層の最内層(内皮)には, スベリンなどの疎水性の物質が蓄積して水の輸送は阻害されるが, 内皮に点在するスベリンを蓄積しない通過細胞が選択的な水の輸送を担うと考えられる.つまり, 通過細胞は水の輸送を通して, 植物の成長や環境応答に深く関与する.これまでに, 多収水稲品種では標準品種と比べて通過細胞数が多く, 耐乾性の陸稲品種ではその数が少ないことがわかっているが, 内皮の通過細胞数を制御するメカニズムは未解明である. 本年度は, 標準水稲品種と耐乾性陸稲品種を交配したF2集団を対象として, 次世代シークエンス解析(GRAS-Di)によりマーカーを作成するとともに, 予備的に根の組織サイズを対象としたQTL解析を実施し, 候補遺伝子座を同定できることを確認した.また, 標準水稲品種を背景とした多収水稲品種の染色体断片置換系統を利用して, スベリン染色による通過細胞数の評価を実施し, 通過細胞数を制御する遺伝子領域を同定した.また, 耐乾性陸稲品種を乾燥条件で栽培し, 光合成活性を測定して, 根の形質の評価と関連付けるための予備的な知見を得た.さらに, スベリン染色した根の横断切片から中心柱と内皮の領域を分割して自動で抽出する画像処理法を確立した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は, 標準水稲品種日本晴と耐乾性陸稲品種IRAT109を交配したF2集団を対象として, GRAS-Diによるマーカーの作成と予備的な根の組織サイズのQTL解析を実施し, 手法としては問題なく実施できることを確認した.一方, 標準水稲品種コシヒカリを背景とした多収水稲品種タカナリの染色体断片置換系統を利用して, スベリン染色による通過細胞数の評価を実施し, 通過細胞数を制御する遺伝子領域を同定した.この遺伝子領域は, 光合成活性が極めて高い多収水稲品種タカナリ型の遺伝子型で, 通過細胞数を増加させる効果があることから, 通過細胞数の増加が水の輸送の促進と高い光合成活性の維持に重要である可能性が強く示された.また, 岡山大学の実験圃場において, ポット栽培による乾燥条件を設定してIRAT109を栽培し, LI-6800によって光合成速度および気孔コンダクタンスを測定して根の通過細胞数と関連付けるための予備的な知見を得るとともに, 今後の光合成速度や気孔コンダクタンスの測定を安定して実施するために重要な知見を得た.また, 九州大学では通過細胞数の解析を効率化するために, スベリン染色した根の横断切片から中心柱と内皮の領域をYOLOXで分割して自動で抽出する画像処理法を確立した.以上のように, 研究代表者と分担者がそれぞれの研究計画を概ね順調に進めている.
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究から, F2集団のQTL解析では遺伝子型がヘテロの領域が多く, QTL解析の精度が低くなることが示唆された.そこで, F3種子を得て自殖を繰り返した後に改めてQTL解析を実施することが必要であると判断した.一方, 染色体断片置換系統を利用してタカナリ型になった場合に通過細胞数を増加させる遺伝子座を同定することに成功したため, 今後はこの系統にコシヒカリを戻し交配してマッピングを進めることで, 原因遺伝子の同定に繋げたい.また, コシヒカリとタカナリに加えて, 候補遺伝子座のみをコシヒカリまたはタカナリ型でもつ染色体断片置換系統の光合成速度や気孔コンダクタンスの解析を実施するとともに, 地上部乾物重, 地下部乾物重および根数や根長などを総合的に解析する予定である.これらと併行して, 通過細胞数の解析を完全に自動化することを目的として, スベリン染色した根の横断切片からスベリン化した内皮細胞と通過細胞を個別に認識してカウントできる画像処理法の確立を目指す.
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