研究課題/領域番号 |
22H02628
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 郁夫 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (30600548)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | NOTCH2NL / 脳 / 発生 / Notchシグナル |
研究実績の概要 |
本研究ではヒト固有遺伝子NOTCH2NLがニューロン分化を抑制し、神経幹細胞を長期間維持する分子メカニズムを解析した。NOTCH2NLはヒトゲノム中で4つの遺伝子座に重複し、個人あたり平均8コピー前後のアリルを持つ。複数の個人ゲノムデータを解析した結果、パラログやアリルの間には塩基配列の差異があることを確認しており、その中でも5番目のEGFリピート内糖鎖修飾部位の1アミノ酸多型に平衡進化圧がかかっていることを発見した。このアミノ酸置換多型はNOTCH2NLの機能に深く関わっており、糖鎖修飾状態に応じて細胞内局在や神経幹細胞維持の機能性に違いが生じる。加えて、NOTCH2NLタンパク質と相互作用する分子を網羅的に探索したところ、小胞体における新規タンパク質の品質管理に関わるタンパク質が多数同定された。このことから、NOTCH2NLがタンパク質の品質管理機構を制御する可能性を検証したところ、NOTCH2NLはNotchシグナルのリガンド分子の合成・成熟過程を抑制的に制御していることが明らかになった。さらに、NOTCH2NLはNotchリガンドのシス抑制(同一細胞内のNotch受容体を抑制)とトランス活性化(隣接細胞表面の受容体を活性化)の両方を抑制することも明らかになっており、NOTCH2NLは小胞体において新規合成タンパク質のフォールディングを抑制し、Notchリガンドの広範な機能を抑制することにより、結果的に細胞自律的にNotchシグナルレベルを高めていることがわかった。活性の強いアリルと活性の弱いアリルが平衡進化を示していることを併せて考えると、NOTCH2NLの機能は強すぎても弱すぎてもヒトの生存確率を低下させてしまい、正常な脳発生のためにはNOTCH2NLの活性が一定の幅に調節されることが重要であることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの研究によりNOTCH2NLの細胞内における分子機能についてはかなり詳細なメカニズムが解明されつつあり、この部分については当初の研究計画を概ね完了することができた。また、個人ゲノム解析によるNOTCH2NLの多型情報の研究については、特定のアミノ酸座位の多型と糖鎖修飾状態の関係や、当該多型座位の人類集団内頻度についての基礎的な解析は完了することができた。これに加え、NOTCH2NLの多型パターンと各種疾患との相関関係の解析を実行中であり、近い将来には完了する見込みである。また、個体レベルの解析を行うために、ヒトNOTCH2NL遺伝子を挿入した強制発現マウス系統を樹立した。現在はマウス系統を拡大し、脳特異的に発現誘導するドライバ系統との掛け合わせを行っている。
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今後の研究の推進方策 |
ヒト進化過程におけるNOTCH2NL遺伝子に対する進化的適応圧や、現在生きている人類集団中における進化方向や疾患との関連性を明らかにするために、各種コホート研究等の大規模個人ゲノム解析データの解析を進めている。加えて、遺伝子内の複数の多型座位の連鎖パターンの解析を行うために、ロングリードシーケンサーを用いたトランスクリプトーム解析を行う。これまでの研究により、糖鎖修飾状態と関連する特定のアミノ酸多型座位については、ゲノム解析から分子機能解析まで詳細なデータを取得することができたが、今後はそれ以外の多型座位についても同様の進化解析と分子機能解析を行う。これまでの解析により、NOTCH2NLが小胞体における新規合成タンパク質の品質管理機構を制御することが明らかになり、Notchリガンド以外にも広範な分泌性タンパク質や膜貫通タンパク質の制御を行っている可能性が明らかになった。そこで、NOTCH2NLがNotchシグナル経路を調節するメカニズムに集中して解析を進める当初計画に加え、新規タンパク質合成の制御を介してNOTCH2NLがより多くの分子経路を調節し、発生プログラムを制御している可能性を検証する。NOTCH2NL強制発現マウス系統が準備出来次第、ヒト固有遺伝子が脳の発生と機能に与える影響を個体レベルで検証する。
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