研究課題/領域番号 |
22H02713
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
松井 広 東北大学, 生命科学研究科, 教授 (20435530)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | グリア細胞 / 学習と記憶 / 小脳依存性運動学習 / 記憶形成の並行仮説 / グルタミン酸 / 貪食 / オプトジェネティクス / パッチクランプ電気生理学 |
研究実績の概要 |
本研究では、トレーニング中に成り立つ瞬間的なオンライン学習と、トレーニング後の休憩中にじわじわと長期的に定着するオフライン学習のふたつの学習過程が存在し、このふたつの学習過程は並行して進むことを明らかにした。これまで、実験動物のマウスを用いて、主に、小脳の活動に依存するとされている水平視機性眼球運動(HOKR)学習をモデルとして研究を進めてきた。実験の結果、オンライン学習が強力に抑制され、トレーニング中の学習が全く成立しない場合でも、トレーニング後のオフライン学習は成立すること、ならびに、オンライン学習を亢進する条件下では、逆に、オフライン学習が抑制されることが示された。ふたつの学習過程のいずれにもグリア細胞が関与する。(1)グリア細胞からのグルタミン酸放出(Kanaya et al., Glia 2023)と、(2)グリア細胞による神経細胞片の貪食過程(Morizawa et al., Nat Neurosci 2022)が、それぞれの学習に関わることが示唆された。また、これらの眼球運動の学習過程と並行して、脳内血管の拡張と収縮の繰り返し運動の視覚刺激に対する同調も、全脳的に発展することが示された(Sasaki et al., eLife 2024)。したがって、血管>グリア>神経へと至る経路が、脳の動作と学習記憶等の可塑性に支配的な影響力を及ぼすことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では、マウスを用いて、小脳依存性運動学習のひとつ、水平視機性眼球運動(HOKR)学習を主に扱った。水平方向にサイン波状に行き来する縞模様をマウスに提示すると、マウスの眼球は自然とこの縞模様の動きを追う。しかし、マウスに初めてこの視覚刺激を提示しても、実際の縞模様の振幅より、眼球運動の振幅は小さい。視覚刺激を繰り返し提示すると、次第に眼球運動の振幅は増大し、網膜上の縞模様像は安定化する。学習の程度を定量的に評価できる点、また、学習に関わる脳領域が小脳の中でもflocculusという小領域に絞られる点で、このパラダイムを用いた多くの研究がなされてきた。本研究では、この古典的な学習パラダイムを扱いながら、オンライン学習とオフライン学習のふたつの並行学習過程が存在することを示し、しかも両方の過程がともにグリア細胞の異なる活動に左右されることを示した。このように、血管やグリア細胞などの末梢系の働きが、中枢の脳神経細胞の活動に影響を与えることをダイレクトに示した研究はこれまでにほとんどない。当初の計画以上に研究が進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、グリア細胞がオンライン学習やオフライン学習の双方で重要な役割があることが示された。引き続いて、グリア細胞機能を光計測することで、グリア細胞から神経細胞への代謝エネルギーサポートで、可塑性にともなうエネルギー消費を賄っているかどうかを明らかにすることに取り組む。この研究にあたっては、生きている in vivo マウス脳の深部から生体分子の動態を計測する光ファイバーフォトメトリー法を活用する。これまで、蛍光計測値から脳内環境の変動を示す複数のパラメーターを分離して解析するマルチプレキシング法を開発した(Ikoma et al., Brain 2023a)。また、この手法を用いて、てんかん病態時だけではなくレム睡眠時の脳内環境変動を解析したところ、生理的な条件下でもアストロサイトの細胞内が酸性化することがあることが示された(Ikoma et al., Brain 2023b)。これらの手法を用いて、HOKR学習にともない、小脳flocculus領域において、局所脳内変動があるかどうかを解析し、グリア細胞による代謝エネルギーサポートが、どのように神経機能の可塑性に貢献するのかを明らかにすることに挑戦する。
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