研究課題/領域番号 |
22H02721
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
川口 真也 京都大学, 理学研究科, 教授 (00378530)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | シナプス可塑性 / 学習 / イメージング / 可視化 / 小脳 / 神経回路 / 長期抑圧 / 膜電位 |
研究実績の概要 |
本研究では、動物の学習を実現する神経回路メカニズムを理解するために、学習の細胞基盤であるシナプス可塑性を可視化する蛍光プローブと細胞膜電位の蛍光イメージングを組み合わせて動物個体に適用し、学習成立時にシナプス可塑性がいかに個々の細胞の情報処理を変化させて神経回路を作り変えるかを究明することを目指している。特に、独自の光技術と最高難度のパッチクランプ技術を駆使し、個々のシナプスから細胞レベル・複数細胞群に至るまで広範に神経活動と可塑性の時空間パターンを解析し、動物個体でシナプスの可塑性が記憶・学習へ至る過程を包括的に明らかにすることが本研究の目的である。 本年度の研究から、動物の運動学習の基盤と考えられているシナプス可塑性である小脳長期抑圧を蛍光可視化するLTDプローブについて、初代分散培養およびスライス培養標本を用いて電気生理学や膜電位蛍光イメージングと相補的に適用することで、空間的に極めて限局して可塑性シナプスを選択的に標識できることが明らかになった。これは動物個体での記憶痕跡の可視化の礎となるものである。 また、動物個体での運動学習を定量的に評価する行動実験として、瞬目条件反射付けタスクを新たに研究室で立ち上げつつあり、シナプス可塑性の標識と関連付けた定量的な学習指標を確立できた。その過程で、1世紀以上にわたり見逃されてきた学習成立過程自体の興味深い特徴を精密な機能解析から見出すことにも成功し、脳における学習機構自体の予想外の理解深化にも研究が展開しつつある。 これらの研究成果に関して、精力的な学会発表等を行っており、複数の論文刊行へ向けて準備を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究により、複数の実験手法を相補的に適用しながら、空間的に極めて限局したシナプス可塑性の発現を実証するデータを得つつあり、動物個体での記憶痕跡の可視化の礎となる技術要素の確立を着実に進めることが出来ている。そこでは、アデノ随伴ウイルスベクターの有効な利用のために分子生物学的技術を工夫して向上させることも行っており、今後の動物個体における可塑性プローブ分子の効果的な導入に寄与すると思われる。したがって、本研究は当初の構想通りに順調に進展していると考えている。 また、動物個体で可塑性プローブなどを発現させて学習能力を定量評価することを可能にするために、新たに導入を試みている瞬目条件反射付けタスクに関して、1世紀以上も研究が進められてきた動物の条件付け学習が訓練に応じてどのように確立するか、という本質に関わる興味深い特徴を見出すことにも成功している。したがって、従来想定していた範囲をさらに越える形で、脳における学習機構自体の予想外の理解深化にも研究が展開しつつある。
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今後の研究の推進方策 |
プルキンエ細胞特異的にTET(テトラサイクリン制御性トランス活性化因子)を発現するマウスに対し、改良したアデノ随伴ウイルスベクターを用いてLTDプローブや膜電位蛍光プローブ、および細胞内CaプローブであるGCaMPを発現させる。 第一に、こうした蛍光分子を発現するマウス小脳から急性あるいは培養スライス標本を作製し、神経活動の程度、Ca濃度上昇、LTD発現の空間パターンがどのように相互に関係するかを計測し、プルキンエ細胞における活動依存的な可塑性の調節を空間的に支配するルールを明らかにする。こうした解析では、LTDプローブやCaプローブなどについて必要に応じて赤色系統の蛍光タンパク質に改変したものを用いて、複数種の光波長を駆使した同時イメージングを行い、細胞機能の相互関係性を定量的に検討することを目指す。必要に応じて、初代分散培養の小脳を用いた解析も実施する。 第二に、小脳に依存する学習のひとつである瞬目反射条件付け課題を用いて、定量的な学習能力の評価を行い、運動学習の成立が小脳のどの部位に依存して実現するか、またLTD発現部位がどこか、などDREADD法などを組み合わせて解析することを目指す。 第三に、LTD誘導刺激によりその影響がプルキンエ細胞の軸索終末にも波及し、そこで動的な機能変化が起こる新たな可塑性現象に関して、軸索終末部のGABA受容体を介する応答の変化以外に、軸索での膜興奮性の変化などが関わる可能性についても、膜電位イメージングや軸索からの直接パッチクランプ記録により検討する。 以上の複数の戦略を相補するかたちで、学習を実現する神経回路の実像に可能な限りブラックボックスなく迫ることを追求する。
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