研究課題/領域番号 |
22H02759
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
矢野 環 東北大学, 薬学研究科, 准教授 (50396446)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 腸管上皮組織 / バリア破綻 / ショウジョウバエモデル / 腸内細菌 / 加齢関連炎症疾患 |
研究実績の概要 |
本研究は、加齢関連炎症性疾患の原因となる腸管上皮組織の老化機構を、上皮組織の機能低下と腸内細菌叢の変化、およびそれらの相互作用の分子機構を明らかにすることで統合的に理解し、加齢によって生じる腸管上皮バリア破綻、その結果生じる炎症の発症機構、増悪機構を解明して、加齢に伴う炎症性疾患治療の知的基盤を得ることを目的としている。ショウジョウバエ腸管はコンパートメント構造、上皮組織を構成する細胞種においてヒトと類似しており、遺伝学的操作の容易さ、寿命が約70日であることから、宿主と腸内細菌の関連、および加齢依存的な病態の検討に有用である。我々はショウジョウバエをモデルとして腸管上皮組織におけるオートファジー機能を研究する過程で、若齢時の宿主には病態を起こさない腸内常在菌が、宿主の機能低下によって加齢依存的な病態の起因となること、それは生理的に必須な反応である損傷応答の制御が慢性的に不十分になることで生じていること、さらに、病態としてのバリア破綻には、“トリガー”と、それに加えた“増悪ステップ”が存在することを明らかにしてきた。本研究ではそれらの知見に基づき、1. 腸管バリア破綻の起点となる損傷応答の誘導機構、2. 腸管上皮細胞において加齢依存的なバリア破綻を生じ悪化させる機構、3. 加齢依存的なバリア破綻を悪化させる腸内細菌叢変化と腸管機能の関連、の3項目の解明を柱として、腸管組織の加齢依存的な機能低下を統合的に理解する。損傷応答の誘導機構の解明は、これまでに我々が同定してきた膜貫通型因子に着目し、これらの腸管上皮恒常性における分子機能を解析する。加齢依存的なバリア破綻機構の解明は、腸管上皮細胞におけるJNK経路の穏やかで持続的な活性化がそれを悪化させることを利用し、RNA-seq解析による網羅的発現解析を行い、得られた情報を基に、遺伝学的手法を用いて腸管老化の分子機構を解明する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は本研究の初年度であり、項目1であるバリア破綻の起点となる損傷応答機構の解析と、項目2である加齢促進腸管を用いたバリア破綻機構の解析に重点をおき実施した。項目3である加齢促進腸管を用いた腸内細菌叢変化の解析については、項目2と比較検討するため、同時飼育個体を用いて老化初期について実施した。項目1については、我々が遺伝学的スクリーニングで腸管損傷応答に機能する因子として同定したロイシンリッチリピートを有する因子capriciousが、細胞損傷によって発現上昇し、これがImmunoglobulin-like domainを有する因子turtleと共に隣接細胞に情報を与えることによって、損傷細胞と隣接した細胞において損傷応答シグナルを活性化させることを明らかにした。これは上皮組織が組織として統合された損傷応答を行う上で、損傷箇所に損傷の程度に応じた修復応答を起こす重要な機構であると考えられた。項目2については、若齢時から老化初期にかけての後部腸管を経時的にサンプリングしてRNAseq解析データを取得し、その解析結果をもとに遺伝学的手法を用いて、老化初期に生じる腸管上皮における異常の原因を検討した。その結果、腸管上皮細胞の頂端側に局在するアクトミオシンの張力の調節異常が、加齢依存的なバリア破綻の原因となることを明らかにした。また、老化初期におけるアクトミオシン異常は腸内細菌叢が変化するよりも若い時期に生じており、加齢依存的な腸管上皮組織の機能低下において、老化の極めて早い時期に宿主側のアクトミオシン異常が起こり、それが起因となって加齢依存的な機能低下が進行する可能性が示された。以上の成果は、加齢依存的腸管機能低下の分子機構において、従来の概念にない新規の機構を示したものである。
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今後の研究の推進方策 |
研究課題は当初の計画以上に進展しており、今後は今年度の成果に基づいた発展研究を行う。項目1の損傷応答機構については計画を前倒しし、特に損傷細胞に隣接した細胞においてCapriciousからのシグナルを受け取る因子の解析を進める。また、隣接細胞において損傷応答シグナルが活性化する分子機構を、Immunoglobulin-like domainを有する因子turtle と相互作用する因子borderless、およびそのアダプターとして機能する因子に着目して解析し、それらの結果を投稿論文としてまとめる。我々はすでに加齢依存的な組織機能低下の原因となる頂端側のアクトミオシンが、実は若齢時の損傷応答シグナル活性化に機能しているという予備的な知見を得ており、隣接細胞における損傷細胞からのシグナルの受容と、それによるシグナル活性化の分子機構という、損傷応答における従来研究の知見越えた新たな概念を提唱する。項目2の加齢依存的な腸管バリア破綻機構の解析については、上皮細胞頂端側のアクトミオシンの加齢に応じた変化と、そのバリア破綻に対する影響をさらに詳細に解析する。また、今年度のRNAseq解析とそれに基づく組織学的解析で得られた、老化初期に生じる上皮細胞の異常が、加齢依存的バリア破綻を増悪させる要因であるJNK経路活性化に依存しているかを検討する。さらに、老化のごく初期において腸内常在菌への依存性がないことを無菌個体、腸内常在菌再構成個体を用いて証明する。項目3については、今年度明らかにした老化初期に宿主細胞側に加齢によって生じる変化が腸内細菌叢に与える影響、また、変化した腸内細菌叢が老化中期に宿主に与える影響を解析して、腸管上皮組織の加齢による機能低下の増悪ループの分子機構を解明し、腸管組織機能低下の全容を統括的に捉える。
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