研究課題/領域番号 |
22H02818
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田守 洋一郎 京都大学, 医学研究科, 准教授 (10717325)
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研究分担者 |
榎本 将人 京都大学, 生命科学研究科, 助教 (00596174)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 腫瘍浸潤 / 上皮組織 / ショウジョウバエ / 浸潤ホットスポット / SBF-SEM |
研究実績の概要 |
これまでの研究において、ショウジョウバエ幼虫の翅原基上皮組織に誘導したがん原性変異細胞は、同組織内の特定の場所(浸潤ホットスポット)に出現した場合に非常に高確率で基底膜を破り浸潤を始めることを発見している。腫瘍がこの浸潤ホットスポットから間質へ侵入する際、JNK経路が活性化し、それに応じて細胞外マトリクス分解酵素であるMMP1の発現が亢進されることにより基底膜の崩壊が起こる。この現象を利用した腫瘍モデルにおいて、このJNK-MMP1シグナルの活性が誘導されるメカニズムについて解析したところ、浸潤ホットスポットではJNK経路上流のリガンド(Egr/TNFα)とレセプター(Grnd/TNFR)が結合すること、そしてこのEgr-Grndの結合は、本来上皮細胞の管腔側に局在するGrndが、浸潤ホットスポット特異的に基底膜側へ露出することが原因であることが分かった。さらに、連続ブロック表面走査型電子顕微鏡(SBF-SEM)を用いた観察により、がん原性変異を導入した際の組織構造の崩れ方について、浸潤ホットスポットとその隣接領域での違いを解析したところ、浸潤ホットスポットでは単層上皮組織の構造が崩れて多層化が生じていることが明らかとなった。これは、元々ホットスポットでは多くの細胞が折れ曲がったり細くなったりして歪な形態を取り、これらが絡み合うような特異な構造を形成していることに起因すると考えられる。さらに多層化によって基底膜側に逸脱した細胞でのGrnd の局在変化とMMP1の発現亢進も確認されたことから、浸潤ホットスポットの内在的な脆弱構造が原因となって始まる浸潤プロセスの全体像を明らかにすることができた。これらの新しい発見について、欧州ショウジョウバエ学会をはじめ国内外の多くの学会で紹介した。さらに、これらの発見について現在論文を執筆中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの解析により、ショウジョウバエ幼虫の翅原基上皮組織においてがん原性変異細胞が浸潤ホットスポットから基底膜を破り浸潤を始めるプロセスの全体像をほぼ説明することができる実験結果を得た。特に、浸潤ホットスポット特異的にJNK-MMP1シグナルの活性が誘導されるメカニズムについて、内在的な脆弱構造にがん原性変異が生じることによってまず上皮の多層化が誘導され、これがJNK経路上流のリガンド(Egr/TNFα)とレセプター(Grnd/TNFR)の結合を引き起こすことによってMMP1の発現が亢進されて基底膜の崩壊が起こることが分かった。 また、浸潤ホットスポットから間質側へ侵入した腫瘍では、大部分の細胞でクロマチンの状態に大きな変化が起こっていること、そのうち少数の細胞で多倍体化が起こっていることが見えてきた。このデータは、間質側へ侵入したほとんどの腫瘍細胞で多倍体化が起こっているという当初の仮説とは異なるものであるが、基底膜の通過によって生じるクロマチン状態の変化がその後の腫瘍浸潤に重要な役割を持っているという新しい方向性を導くこととなった。 イヌ腎尿細管上皮細胞(MDCK細胞)を用いた実験でも、RasV12をはじめとする複数のがん原性変異を導入した変異細胞で、肥大化、運動能の亢進を観察している。これまでのDNA量解析により、これら形態学的に肥大化が認められた変異細胞は、実際に4倍体になっている細胞があることを確認することができており、これらは今後さらにショウジョウバエで見えてきた分子メカニズムを検証するための基礎データとなる。
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今後の研究の推進方策 |
ここまでの解析結果をもとに、今年度はさらに浸潤ホットスポットにおいてがん原性変異細胞が上皮の多層化を引き起こすメカニズムについて詳しく解析する。具体的には、がん原性変異を導入した際に多層化が起こる直前に浸潤ホットスポットの細胞に生じている変化を解析する。これまでの観察において、浸潤ホットスポットの細胞は周辺の細胞に比べて形態に大きな歪みが生じている細胞が多いことから、がん原性変異の導入により過剰増殖が誘導された際に細胞分裂に異常(本来の横方向ではなく縦方向への分裂)が生じることが原因であるという仮説を検証する。 また、これまでの解析から、浸潤ホットスポットから間質側へ侵入した腫瘍では、大部分の細胞でクロマチンの状態に大きな変化が起こっていること、そのうち少数の細胞で多倍体化が起こっていることが見えてきた。これらの原因となる因子を探るために、これまでに一細胞レベルでのトランスクリプトーム解析(scRNA-seq)とエピゲノム解析(scATAC-seq)を実施した。今年度は、これらの解析から得られている候補因子に対する解析(発現解析、機能解析)を実施していく予定である。 さらに、イヌ腎尿細管上皮細胞(MDCK細胞)を用いた実験から、RasV12をはじめとする複数のがん原性変異を導入した変異細胞で、肥大化、運動能の亢進を観察している。これまでのDNA量解析により、これら形態学的に肥大化が認められた変異細胞は、実際に4倍体になっている細胞があることが確認された。今年度は、これらの肥大化と倍数性の増加が認められた変異細胞において、倍数性増加のメカニズム(細胞周期解析)とその原因(誘導因子)の探索を行う。また、ショウジョウバエモデルにおいて多倍体化への関与が確認された複数の因子について、MDCK細胞モデルにおいてもこれらの因子が同様に機能しているかどうかを検証する。
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