研究課題
遺伝子解析技術の進歩により、遺伝子変異を有するドライバー遺伝子が数多く同定されてきた。しかし、ドライバー遺伝子の機能阻害が容易でない場合、また単独阻害では治療効果が不十分な場合も多い。本研究では、ドライバー経路と併存する第2の経路が治療標的となる可能性を探究する。この第2の経路は、遺伝子変異を伴わない、つまり異常が見えにくい隠れたドライバーにより成立する。最初に、① 多数の急性Bリンパ芽球性白血病(B-ALL)の遺伝子発現データに基づくシステムバイオロジー的アプローチにより隠れたドライバーの候補を抽出する。次に、② その中から、B-ALLヒト細胞やマウスモデルを用いて、腫瘍の成立に重要なものを選別する。さらに、③ その治療標的としての有用性を、マウスモデルを用いて検証する。本研究では、B-ALLの成立・維持の機構をregulonの面から見直す。遺伝子発現に影響を与える転写因子・シグナル分子をregulatorとした場合、このregulatorとその下流で影響を受ける遺伝子群のセットがregulonである。本邦300余例、欧米1000余例のB-ALLの遺伝子発現データをもとに、regulonsを推定し、その活性を遺伝子発現状況に応じて算出する。B-ALLには23種類のサブタイプがあり、各サブタイプごとにregulon活性は大きく異なる。サブタイプ特異的なregulonの治療標的としての可能性を検証する。
2: おおむね順調に進展している
本邦急性Bリンパ性白血病(B-ALL)約300例の遺伝子発現解析データに基づいて、regulonおよびそのregulator活性を算出した。さらに、European Genome-Phenome Archiveから海外約1100例分のB-ALLデータを取得して、regulonおよびそのregulator活性を算出した。次に対象を予後不良B-ALLに絞り、この予後不良B-ALLで特徴的に活性の高いregulonsおよびregulatorsを抽出した。本邦例と欧米例で、極めて似た結果を得た。次に、これらのregulatorsの機能を抑制可能な薬剤を選別し、種々のサブタイプのB-ALL細胞株にアプライして増殖抑制活性を検討したところ、予後不良タイプのB-ALL細胞株には増殖抑制効果を見たが、それ以外の細胞株での抑制効果は小さかった。薬剤効果の特異性を検証するために、これらのregulatorを個別にノックダウンして増殖抑制効果を検討した。結果、薬剤の場合同様に、予後不良タイプのB-ALL細胞株には増殖抑制効果を見たが、それ以外の細胞株での抑制効果は小さかった。以上から、予後不良タイプ特異的regulonを制御するregulatorsは治療標的になる可能性が示唆された。
抽出したregulonsとregulatorsの中から、予後不良B-ALLの成立・維持に重要なものを網羅的、機能的に絞り込む。このために、Crispr-Cas9 drop-out スクリーニングにより、種々のB-ALL細胞を用いて、どのregulatorsが予後不良B-ALLの生存・維持に必須なのか、解析する。B-ALLには、主に遺伝子転座のタイプにもとづいて20数種のサブタイプがあるので、各サブタイプごとに異なるregulatorsと隠れたドライバーがあることが想定される。さらに、各サブタイプには、ドライバー遺伝子の種類によって、有効性が想定されていながら単剤では有効性が低い薬剤が知られている。薬剤によってドライバーの機能を阻害した場合に、隠れたドライバーの機能をさらに阻害することで、治療効果が増強することが想定されるので、この点からもスクリーニングと検証を行う。B-ALLには20種類以上のサブタイプがあるので、すべてのサブタイプについて機能的に探索することは困難であるので、細胞株が複数得られるタイプについて行う予定である。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Haematologica
巻: 108 ページ: 394-408.
10.3324/haematol.2022.280879