研究課題
2022年度は、PDLIM1欠損症において過剰な炎症反応が免疫不全に至る分子メカニズムの解明を行った。まずは、若いPDLIM1欠損マウスと老年のPDLIM1欠損マウスで免疫反応がどうように変化するのかを調べた。その結果、樹状細胞に関しては、若いPDLIM1欠損マウスも老年のPDLIM1欠損マウスも、野生型マウスと比べて炎症性サイトカインの産生が亢進していた。一方、T細胞に関しては、若いPDLIM1欠損マウスでは、野生型マウスと比べてTh1, Th17細胞分化がいずれも促進していたにもかかわらず、老年のPDLIM1欠損マウスではTh1, Th17細胞分化が著明に障害されていた。さらに、老年のPDLIM1欠損マウスではT細胞のアポトーシスが亢進しており、過剰な活性化の持続に伴い、T細胞の細胞死が起こっていることが明らかになった。このことは、老年のPDLIM1欠損マウスにおいては、慢性的な炎症反応の持続によりT細胞が疲弊化してT細胞の反応性が低下する可能性が考えられ、これがPDLIM1欠損症が免疫不全に至るメカニズムであることが示唆された。さらに、共同研究機関であるオーストリアのImmunology Outpatient Clinicから入手したPDLIM1欠損症患者および健常人の末梢血単核球のサンプルを解析した。PDLIM1欠損症患者においては、正常なPDLIM1遺伝子の途中で2塩基が欠失していることがすでに明らかになっているが、実際にはPDLIM1欠損症患者由来細胞は、RNAレベルでもタンパク質レベルでも正常なPDLIM1遺伝子をまったく発現しておらず、この欠失に伴う新たな異常なタンパク質発現も認められなかった。以上のことから、PDLIM1欠損症患者においては、PDLIM1遺伝子の発現を完全に欠損することにより、PDLIM1遺伝子がまったく機能していないことが明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
PDLIM1欠損症では、慢性的な過剰な炎症反応の持続によりT細胞が疲弊化してT細胞の反応性が低下する可能性が考えられ、これがヒトのPDLIM1欠損症において過剰な炎症反応から免疫不全に至るメカニズムであることが示唆された。この免疫不全に至るメカニズムは全く不明であったので、これが明らかになった意義は大きい。また、これにより、当初の予測通りヒトPDLIM1欠損症は全く新しいタイプの免疫不全症であることが証明されたと考えられる。ただ、自己抗体産生の分子メカニズムの解明に関する研究計画に関しては、詳細な解析は共同研究を行う予定にしていたが、2022年度にはこれがあまり進まなかった。よって、これに関しては2023年度に行う予定にしている。
2023年度は、RNAシーケンス解析などにより、老年のPDLIM1欠損マウスと野性型マウス、および、若年のPDLIM1欠損マウスと野性型マウスの遺伝子発現を詳細に比較解析することにより、PDLIM1欠損マウスのT細胞が疲弊化する分子メカニズムを調べる。これにより、ヒトのPDLIM1欠損症において免疫不全が起こる分子メカニズムを解明する。また、ヒトPDLIM1欠損症では年齢が上がるとともに、さまざまな自己抗体を産生するようになる。一方、PDLIM1欠損マウスのB細胞ではNF-kBの活性化が亢進していることから、このような高い活性化状態のB細胞に、慢性的な炎症反応または持続的な抗原刺激のような負荷がかかると自己抗体を産生するようになるのではないかと考えられる。そこで、PDLIM1欠損マウスをブドウ球菌エンテロトキシンBやオボアルブミンなどの抗原で繰り返し刺激した際に自己抗体が産生されるかを調べる。さらにはこのときのPDLIM1 欠損マウスのB細胞、および、EBウイルスで不死化したヒトPDLIM1欠損症の末梢血由来B細胞の各種シグナル伝達分子の活性化を調べることにより、自己抗体が産生される分子メカニズムを解明する。以上の解析により得られた結果を取りまとめて、2024年1月に開催される日本免疫学会学術集会、および、3月に開催される日本免疫不全・自己炎症学会学術集会で発表を行う予定にしている。
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