研究課題
本研究の目的は、鉄代謝因子の重要な転写抑制因子であるBACH1の膵臓癌転移促進機序の解明と、その機序を利用した膵臓癌の新規悪性化防御法の提案にある。 我々はこれまで転写因子BACH1が膵臓癌の予後不良因子であり、上皮間葉移行(EMT)の促進に関わり、転移を促進することを示してきた。しかし、BACH1のEMT促進機序およびBACH1自身の膵臓癌細胞での制御機構については未だ不明な点が多い。一方で、BACH1の標的には鉄代謝関連遺伝子が多いことがわかっている。しかし、それらの遺伝子には鉄の蓄積にも排出にも関するものが含まれている。したがって、BACH1を介した細胞内鉄量への影響は細胞種やその状況によって異なることが予想される。2022年度、我々は膵臓癌細胞においてBACH1の発現がキナーゼの1つであるTBK1によって促進されること、BACH1のノックダウンやノックアウトによって膵臓癌細胞株AsPC-1細胞の細胞内遊離鉄量が減少することを示した。さらに、細胞間接着因子であり、上皮系のマーカーとして用いられるE-カドヘリンタンパク質の発現はAsPC-1細胞の培地への鉄のキレート剤投与によって上昇することを見出し、BACH1が鉄を介してEMTを制御している可能性を示した(Antioxidants. 2022 11:1460)。現在までに他の癌細胞でもBACH1は細胞内遊離鉄の増加に寄与することを見出している。BACH1は癌細胞の鉄の恒常性に影響し、細胞内の遊離鉄を増加させることで癌細胞の悪性化をサポートしていると考えられる(Subcell Biochem. 2022 100:67-80, book)。
2: おおむね順調に進展している
2022年度は、研究実績の概要に記した通り、これまでよくわかっていなかったBACH1のEMT促進や転移といった癌悪性化の機序の一環として、BACH1を介した細胞内遊離鉄量の増量が関与している可能性が高いことを示し、論文として報告することができた。また、鉄が膵臓癌細胞のEMTに及ぼす影響は、E-カドへリンだけではないことも見出してきており、現在さらにその機序について検討を行っていることころである。BACH1はこれまで、さまざまな癌種に置いて悪性化に関与することが報告されてきている。しかし、それらの機序は解糖、酸化的リン酸化など共通していない。現在、これらの癌細胞でのBACH1の癌悪性化機構が細胞内遊離鉄の上昇に起因するのではないかと考え、EMT以外の経路にも注目している。
進捗状況の欄にも記載した通り、現在、膵臓癌の細胞内遊離鉄上昇の影響はEMT関連因子のE-カドヘリンだけに留まらないことを見出しつつあり、どんな因子が影響を受けるのか、さらに確認する。また、昨年度までにBACH1による細胞内遊離鉄の上昇は他の癌種の細胞においても観察できることを見出しており、その機序は、BACH1によるフェリチン遺伝子の転写抑制にあると考えているが、まだ実験的にこれを証明できていない。したがって、BACH1とフェリチンのダブルノックダウンによって細胞内遊離鉄量が本当に減少しなくなるかなどの実験的検証を進める。また、BACH1を介した細胞内遊離鉄の癌悪性化経路としてEMTだけでなく、幹細胞性に関わる因子の発現状態の変化を調べる。また、鉄はミトコンドリの働きには不可欠なものであることから、酸化的リン酸化状態なども酸素消費速度(OCR)の測定などによって検討する。なお、研究代表者は2022年度末に、無期転換ルール(10年特例)に従い退職したため、計画当初と比べて研究できる時間に制約が生じることになった。したがって、2023年度はその部分を補助員(アルバイト)を雇用し補うことで、本研究計画を遂行することとする。
すべて 2023 2022
すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 図書 (1件)
Experimental Hematology
巻: 118 ページ: 21~30
10.1016/j.exphem.2022.11.007
Antioxidants
巻: 11 ページ: 1780~1780
10.3390/antiox11091780
巻: 11 ページ: 1460~1460
10.3390/antiox11081460
Journal of Biological Chemistry
巻: 298 ページ: 102084~102084
10.1016/j.jbc.2022.102084