研究課題
今から一世紀以上前に提唱された「パブロフの条件反射」の概念が示す通り、空腹時の食餌に関する知覚情報の受容は消化・吸収機能を摂食前に高めるが、嗅覚系と代謝系にも連係があるかは不明であった。そこで嗅覚系によるパブロフ型代謝適応機構の存在を実証するため、空腹マウスを食餌の匂いで刺激し、代謝変化とその機序を薬理学的、薬理遺伝学的、生化学的、および免疫細胞化学的手法により解析した。その結果、空腹時の食餌の匂い情報は脳内の嗅球や梨状皮質で処理され、食前では視床下部POMC神経-交感神経系を介して脂肪組織から循環血液中へ脂質を動員すること、食後では視床下部AgRP神経を介して交感神経系の抑制とそれに伴う消化管での脂質吸収や全身性の脂質利用を促進することを明らかにした。なお、脳の報酬効果に関わるドパミン神経系や動機付けに関わる視床下部オレキシン神経系は嗅覚刺激に伴う食後の脂質利用には寄与しないことが遺伝子欠損マウスを用いた解析で示された。また、高脂肪食負荷時に間歇的な絶食を行うと体重増加が軽減され、さらにその際に食餌の匂い刺激を行うと、インスリン抵抗性が改善して2型糖尿病の発症が防止できることを明らかにした。これらの結果から、嗅覚系によるパブロフ型条件反射として、空腹時では脂質の動員を介して飢餓への適応を促すことに加え、食後では脂質の利用を高めて飽食状態への適応を促し、過剰な脂肪摂取に伴う代謝異常の発症を防止する効果を有することが示された。以上より、嗅覚系は肥満や糖尿病などの生活習慣病に対する新たな創薬標的となり得ることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、空腹マウスを食餌の匂いで刺激すると、空腹時には血中の脂質濃度を増加させることで飢餓適応を促進すること、また、食後の脂質利用を全身性に増加させることで飽食環境下での代謝異常の防止に関与することを明らかにした。これらの成果は、学術雑誌Nature Metabolism誌に掲載された。このように、本研究の第一段階として、嗅覚系によるパブロフ型代謝適応の誘導機構の存在を実証できたので、2023年度以降も引き続き、嗅覚-代謝連係機構を標的とした介入試験を実施し、「嗅覚-代謝連係を活用したエネルギー代謝の改善効果の解明」や「糖尿病とその合併症に対する嗅覚系の防御効果の解析」を計画通り実施することが可能な状況である。
2023年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金)交付申請書において、助成事業期間中の研究実施計画に記載した通り、本研究で見出した嗅覚-代謝連係機構の活性を強化することで脂質恒常性の維持機能が促進されるか、また本機構を抑制することで糖脂質代謝異常が増悪されるかを検証する。嗅覚系の活性強化のためには嗅覚記憶促進薬や嗅覚刺激薬を処置し、嗅覚系の抑制のためには嗅上皮障害薬処置、嗅球摘出および薬理遺伝学的介入を行う。代謝機能の変化は、通常食または高脂肪食を給餌したマウスを絶食下で嗅覚刺激し、糖・脂質負荷試験、血清脂質解析、代謝測定システムを用いたエネルギー消費や呼吸商の解析等により明らかにする。さらに、これらの嗅覚系への介入が代謝機能を修飾する機序として、脳・自律神経系、ホルモン系、免疫系が如何に臓器連関を制御するかを、薬理学的および生化学的手法により解明する。以上より、嗅覚系→脳→末梢臓器の連係機構が代謝改善のための介入標的となり得るか、またその改善機序は何かを解明する。このように補助事業の期間内で一定の結論が得られるよう配慮しつつ、研究を推進する。
すべて 2022 その他
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (3件) 備考 (1件)
Nature Metabolism
巻: 4 ページ: 1514~1531
10.1038/s42255-022-00673-y
Cell Reports
巻: 41 ページ: 111497~111497
10.1016/j.celrep.2022.111497
http://www.pha.u-toyama.ac.jp/clinphar/index-j.html