研究実績の概要 |
人口推定課題を用いた表現フレームに関する実験を実施した。人口推定課題とは「2つの都市のうち人口が多い方はどちらか」を問う課題である。定型発達者(TD者)を対象にした先行研究では、2都市のうち、再認できる (Gigerenzer & Goldstein, 2002) またはより馴染み深い (Honda et al., 2017) 都市を「人口が多い」と考えるヒューリスティックを用いて、TD者は多くの場合に正確に回答できることが知られている。さらに、「2つの都市のうちどちらの方が、人口が多いか」という表現(larger frame)で回答させる場合と、「2つの都市のうちどちらの方が、人口が少ないか」という表現(smaller frame)で回答させる場合とでは、あまり一般的でない後者のsmaller frameで聞かれたときの方が、上記のヒューリスティックが利用されにくいことが示されている (McCloy et al., 2010)。フレームによってヒューリスティックの利用頻度が変わるというTD者が示す上記の傾向を自閉症者(ASD者)は示しにくいことを実験的に検討した。 ASD者48名、TD者53名が実験に参加した。ASD者は全員、精神科医である研究分担者の熊崎によってDSM-5およびDISCOに基づきASDと診断された。その結果、両群ともlarger frameで回答を求めた場合のほうがヒューリスティックの利用頻度が高く、また回答時間も短くなり、ASD者、TD者ともに回答の際にフレームの影響を受けていることが明らかになった。このことは、「TD者が示す認知バイアスをASD者は示しにくい」という仮説が成立する境界を、課題で求められる認知プロセスと、ASD者とTD者がそれぞれ示す認知傾向の相互作用の視点から精緻化し、再考する必要があることを示している。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画調書に記載した研究3を実施する。TD者は、2つの変数からその繋がりを推測するときに、実際には存在しない「正の相関」を見いだす強いバイアスを示す。しかもそのバイアスは、社会的学習を通じて雪だるま式に膨らむことが知られている。社会的学習に関してTD者が示すこのようなバイアスをASD者も示すかどうかを検討する。具体的には、Kalish et al. (2007) に倣って実験を実施する。すなわち、【A条件】y = x(正の相関)、【B条件】y = 101 - x(負の相関)、【C条件】x, y 間に関係なし、をそれぞれ満たすように、{1, …, 100}から無作為に選んだ50点の x, y 座標の数値を最初の世代(gen = 1)の実験参加者に提示し、そのデータを学習させたのち(学習フェーズ)、学習済みの25点と学習していない25点の x, y 座標の数値を回答させる(テストフェーズ)。gen = 1のテストフェーズの50点の x, y 座標の数値を次の世代(gen = 2)の参加者に提示し、同様に学習とテストを行わせる。このような世代間の学習を gen = 3 まで繰り返し、その結果生じる x, y の関係性を検討する。参加者群として、TD者群とASD者群の2群を設ける。ASD者の人数を確保することが難しいため、それぞれが3回実験に参加するようにラテン方格の実験計画を採用する。具体的には、gen = 1, 2, 3の順にA, B, Cの各条件を実施するグループ、B, C, Aの各条件を実施するグループ、C, A, Bの各条件を実施するグループの3つにわける。各群の参加者数は30名程度を予定している。TD者はどの条件でも gen = 3で正の相関を読み込むバイアスを見せるのに対して、ASD者ではこのバイアスが弱いという結果が得られると期待している。
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