研究課題/領域番号 |
23H01924
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
笠原 健人 大阪大学, 大学院基礎工学研究科, 助教 (10824469)
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研究分担者 |
渡邉 望美 大阪大学, 大学院基礎工学研究科, 助教 (40892683)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 膜透過 / 共溶媒効果 / 溶液統計力学 / 2分子反応理論 / 分子動力学 |
研究実績の概要 |
本年度は,脂質膜に対する基質の透過能を分子レベルで計算・解析する理論的手法を開発した.この手法は2分子反応理論の1つである再帰確率理論と分子動力学(MD)シミュレーション法に立脚して,基質を供給・受容する水溶液相の均一性を仮定せずに導出されたものである.従って,膜透過現象に対する共溶媒効果の解析を実現する理論的土台を確立することが出来た.この手法は,膜に溶解した基質の熱力学安定性と動力学的挙動によって膜透過過程全体を特徴づけるものである.新規手法をPOPC脂質膜に対する小分子(エタノール,メチルアミン)の透過過程に適用したところ,長時間MD計算で報告されている膜透過能をほぼ定量的に再現することが確認できた.小分子の希薄,1 mol%濃度条件の2ケースについて検証すると,メチルアミンは濃度にほとんど透過能が依存しないことに対し,エタノールは高い濃度依存性を示した.この傾向は実験で報告されている挙動と一致している.さらに,膜透過能に対する理論的表式に基づいた解析により,エタノールの膜透過能の濃度依存性は,膜に溶解した状態のエタノールの熱力学安定性が濃度増加により強化されるためであることが示された.膜透過に加えて,本年度はタンパク質ー基質結合の速度定数を計算する理論的手法も開発し,FK506タンパク質と基質分子に適用し,先行研究で報告されている速度定数と良い一致が得られることが分かった.また,脂質膜物性を検証するために蛍光実験でよく用いられているProdanプローブに対し,レプリカ交換アンブレラサンプリング法(REUS)を適用することで,膜溶解状態の自由エネルギー解析を行うことで,膜内で安定に存在するProdanの配置(位置・配向)が複数存在することを明らかにすることが出来た.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は,不均一供給・受容相の場合に適用可能な膜透過能を計算する理論的手法の開発を主に行うことを計画していたが,予定を上回る速度で定式化が完了し,検証のための実際の膜透過系への適用まで全てを完了することが出来た.現在は,高分子共溶媒を含んだ系に対する応用まで進んでいる.加えて,脂質膜に溶解した蛍光プローブの配置に関する情報取得も,自由エネルギー解析により順調に進んでおり,実験で得られた蛍光スペクトルなどと対応させた議論が可能となりつつある段階である.蛍光プローブの光励起直後の溶媒緩和過程(溶媒和ダイナミクス)についても代表者らが開発してきたエネルギー表示ダイナミクス法の洗練化による記述が可能となり,既に出版済みである.以上のように,膜透過と膜物性のいずれにおいても当初の計画以上に進展させることが出来た.
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今後の研究の推進方策 |
本年度では,新規手法の開発と,長時間シミュレーション計算でも透過係数が可能な系への適用を行うことで,その妥当性を検証した.今後は,より生体環境を模倣した高分子共溶媒を含んだ系へ展開することで,膜透過に対する共溶媒の影響を明らかにする.同時に,新規手法を種々のエンハンスドサンプリングの手法と組み合わせることで,より長時間スケールの透過現象に適用可能な方法論へ拡張する予定である.膜物性に関しては,今年度に解析した蛍光プローブの膜溶解情報を元に,電子状態計算による励起スペクトル計算を実施することで実験で得られたスペクトル情報の解釈性を高める研究を進める予定である.
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