研究実績の概要 |
血管は生命の維持のために必須の構造物である。すなわち、肺で取り入れた酸素、腸管で吸収した栄養素を効率よく運ぶためのパイプラインとして、血管は全身の臓器の恒常性維持を支えている。ごく最近、この教科書的な血管の役割に加え、重要な生理的機能が示唆されている。それは血管内皮細胞由来のパラクライン因子(アンジオクライン因子)が、血流にのって運ばれてくる酸素と独立して、何らかの形で組織の発生・再生に貢献するというものである。 しかしながら、その実体の大部分は未解明のままである。本研究提案では、生命科学における最新の技術、つまり組織特異的遺伝子改変ツール、3次元可視化技術、単一細胞トランスクリプトーム、メタボロームなどを結集し、臓器特異的なアンジオクラインシグナルの実体を突き止め、その意義を明らかにすべく遂行された。昨年度まで得られたシングルセルRNAシーケンシングの結果、つまりマウス骨折治癒過程や末梢神経修復モデルにおける血管内皮細胞の細胞集団の変動、新生血管に発現が上昇するアンジオクライン因子として浮かび上がってきた候補分子について、定量的PCRやウエスタンブロッティングなどによってその発現が確認された。さらには、それら候補遺伝子の血管内皮特異的コンディショナルノックアウトマウスの作成が着手され、理研BRC, Jackson laboratory, Cyagenなどより入手されたものは、既に交配が進行中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、血管内皮細胞由来の組織形成・再生因子、つまりアンジオクラインシグナルの実体を突き止め、その意義を明らかにすることで、「血管は血液を流す単なる『土管』なのか?」という疑問により、教科書的パラダイムへ挑戦する。特に、これまでの申請者のチームで精力的に取り組んできた中枢・末梢神経系組織と硬組織(骨や歯)を中心に、それらの臓器におけるアンジオクラインシグナル、つまりアンジオクライン因子発現の上流、下流シグナルも含めた全容を包括的に明らかにするというものである。マウス骨折治癒過程や末梢神経修復モデルにおけるアンジオクライン因子の候補を既に複数同定し、シングルセルRNAシーケンシングや定量的PCRやウエスタンブロッティングなどによって、その発現が確認された点で、計画は順調に進行している。また、そのうちいくつかの因子のfloxマウスについては理研BRC, Jackson laboratory, Cyagenより導入が完了しており、Cdh5-BAC-CreERT2トランスジェニックマウス(Okabe et al., Cell 2014)との交配が進行中である。得られたマウスはタモキシフェンによって、任意のタイミングで血管内皮細胞におけるノックアウトが可能となっており、その生体における機能を特異的に解析することが可能である。また、発生期の骨の解析において、骨の端(骨端部)にこれまで見つかっていなかった骨髄血管のサブタイプ(Type S)が存在し、骨の発生、血液産生に重要なことを見出した。このType S血管は特有のアンジオクライン様式、特にI型コラーゲンの分泌によって、骨形成に寄与することを明らかにしている(Iga et al., Nat Cell Biol 2023)。
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