研究課題
爬虫類などの外温性生物は熱源を環境温度に依存するため、特に敏感に気候変動の影響を受けると予想されている。このような状況下で、適切に保全を進めていくためには外温性生物の温度適応のメカニズムを詳細に理解することが必要である。外温性生物の温度への応答は、心拍数などの瞬間的な身体応答だけではなく、日光浴をはじめとする体温調節行動、季節など長期的な温度変化に対する身体の順化など様々な様式が絡み合いながら実現されると考えられ、このような複雑な温度応答を制御する遺伝子や遺伝子間の調節ネットワークについてはほどんど明らかになっていない。ソメワケササクレヤモリはマダガスカル原産の夜行性・地表性のヤモリで、飼育が容易で年間を通して繁殖が可能である、全ゲノムが解読されている (Hara et al., 2018)という点などから爬虫類における新たなモデル生物種として近年注目されている。本研究では、爬虫類の温度適応のゲノム基盤を明らかにすることを目的として、本種を対象に温度応答に寄与しているゲノム領域とその適応的機能の解明を試みた。これまでに、本種を異なる温度(25℃と30℃)で飼育し、温度順化によって温度応答指標に差が生じるかを観察した。測定の結果、高温順化個体の方が高温でより高い身体パフォーマンスを実現することが明らかとなった。この実験により、本種が温度に身体を順化させる能力を持つことを示した。また、短期(4時間)と長期(2ヶ月以上)のそれぞれの温度変化を与えた際に発現が変動した遺伝子をRNA-seqにより調査したところ、短期と長期の温度変化に対して応答する遺伝子は大部分が異なっていた。これは、短期と長期の温度の影響が根本的に異なることを示唆している。
2: おおむね順調に進展している
本研究ではこれまでに、1. 行動実験によるソメワケササクレヤモリの温度に対する応答の定量化、2. 複数の温度条件における遺伝子発現とクロマチンアクセシビリティの調査を実施した。1については、ソメワケササクレヤモリの飼育・実験系を構築し、温度応答指標を測定して本種の基本的な温度応答プロファイルを明らかにした。測定項目は、個体が自ら選択する体温(選好温度)、様々な体温における身体能力(走行速度)、臨界最高または最低温度の四指標を選択した。この際、長期的な温度への順化が起こるのかを確かめるため、生息地の年平均気温付近(25℃)と夏の平均気温付近(30℃)で飼育した個体のそれぞれで指標を測定した。結果、25℃と30℃順化間で走行速度、臨界最高温度、臨界最低温度に有意な差があり、一貫して高温順化個体の方が高温でより高い身体パフォーマンスを実現することを示していた。これは、本種が周囲の温度環境に合わせて可塑的に身体を順化させる能力を持つことを示唆している。2では、温度応答に重要な役割を果たすゲノム領域を探索することを目的として、RNA-seq・ATAC-seqにより温度変化に応じた遺伝子発現とクロマチンアクセシビリティの変動の検出を行なった。温度条件については、短期と長期の温度変化の影響を区別するため、短期(4時間)と長期(2ヶ月以上)で温度変化を与えた場合についてサンプリングを行なった。これまでに、各条件のシーケンスを完了し、温度変化によって発現量が変動する遺伝子を特定した。発現変動遺伝子の内容は短期・長期の温度変化の間で大部分が異なっており、短期ではストレス応答関連遺伝子などが多く含まれていたのに対し、長期では代謝プロセス関連遺伝子が多く含まれていた。今後、発現変動遺伝子の機能をより詳細に調査し、短期・長期それぞれの温度変化における温度応答の違いについて考察したいと考えている。
今後は、これまでに得られたトランスクリプトーム(RNA-seq)とクロマチンアクセシビリティ(ATAC-seq)のデータを統合し、温度への応答に重要な役割を果たすハブ遺伝子の特定を試みる。これまでに、温度条件によって発現量が変動する遺伝子の検出と、クロマチンの状態が変化するゲノム領域の特定を完了した。これらの情報を組み合わせて、温度によってクロマチン状態と近傍の遺伝子発現の両方が変動しているゲノム領域を特定し、その領域に多く結合すると考えられる転写因子を予測することで、温度応答で中心的に機能する候補転写因子を絞り込む予定である。ここまでの成果を本年度中に論文として投稿したいと考えている。続いて、以上の解析により絞り込まれた温度応答に関わる候補転写因子について、複数の温度条件におけるChIP-seqを実施する。ある温度条件で特異的に候補転写因子と相互作用するゲノム領域を探索することで、候補転写因子の制御下にある遺伝子を特定し、温度適応の遺伝子調節のネットワークを明らかにすることを目指す。また、ソメワケササクレヤモリの行動実験において、本種が昼(明条件)と夜(暗条件)の時間帯で異なる温度を選好することが明らかとなった。ただし現段階では、この選好温度の違いが、光条件に依存しているのか時間帯に依存しているのかが明らかではない。そこで、追加の行動実験を行い、光を認識して選好する温度を変化させているのか、あるいは、概日的に選好温度が変化しているのかを調査する予定である。この研究で、温度以外の要因によって温度応答行動の変化が起こることをデータから明確に示すことができ、将来的に体温調節行動をさらに調査していく上での有用な示唆を得ることができると考えている。
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Ecology and evolution
巻: 14 ページ: e11117
10.1002/ece3.11117