研究課題
異常タンパクの凝集・蓄積に起因する晩期発症型アミロイド疾患は、高齢化社会を背景に近年、診断例が増加しており、その治療薬開発は喫緊の課題である。代表例として挙げられるトランスサイレチンアミロイドーシス(ATTR)は現状で臓器移植以外に根治療法が無く、多くの患者は体内に蓄積し続ける毒性のトランスサイレチン(TTR)アミロイドを分解・除去する術がないまま死に至るという悲惨な現状がある。この現状を一刻も早く改善すべく、本研究では動物個体内でTTRアミロイドを選択的に光酸素化分解・無毒化し、病態改善を初めて実現する新規低分子触媒を創製した。本触媒は凝集TTRに対し、in vitroにおいて既存触媒よりも高い反応収率で光酸素化を進行させることに加え、ヒトATTR患者サンプルの心アミロイド線維の酸素化も可能であることを見出した。また、世界唯一の本疾患モデル動物である線虫では、TTRの凝集体形成による毒性の影響が屈曲応答などの運動能の低下という表現型として現れ、これはヒトにおける末梢神経障害に関連している。そこで、このin vivo系を用いてATTRアミロイドーシスに対する光酸素化の効能を、線虫個体内で評価した。その結果、本触媒により光酸素化処理した線虫群は、未処理群と比較して有意に病態が改善し、TTRを発現しない野生型の健常線虫群と同程度まで運動能が向上するという治療効果が得られた。想定通りの病態改善が実現できたため、次に計算科学を用いて触媒活性を決定する要因の特定を試みた。TTRアミロイドモデルに対し、種々の光酸素化触媒の分子ドッキングシミュレーションを行ったところ、触媒活性と酸素原子導入サイトへのアクセス能との間に相関が認められた。また最適触媒においては、酸素化サイトへの高いアクセス能を有しながらも、反応後は速やかに離れ、高い触媒回転効率を発揮し得ることを見出すことに成功した。
1: 当初の計画以上に進展している
既に動物個体内でTTRアミロイドを選択的に光酸素化分解・無毒化し、病態改善を初めて実現する新規低分子触媒を創製することに成功している。さらに、計算科学支援に基づき、触媒活性を決定する要因を明らかにしている。以上の成果は、筆頭著者としての論文投稿(査読無し)および特許出願に加え、国際学会での発表に至ったことから、本研究課題は当初の計画以上に進展していると考えられる。
本疾患モデル動物(線虫)で想定通りの病態改善が実現できたため、今後は酸素化がどの程度進行すれば病態改善が見られるかを定量的に検討し、臨床応用を指向した触媒投与量および反応条件の最適化を行う。まず、in vivo光酸素化において触媒量を系統的に変化させ、未反応TTRに対する酸素化クロスリンク体の生成量をウェスタンブロットにて定量する。同時に、線虫の屈曲応答を定量することで酸素化反応の進行度と病態の改善との相関関係を明らかとする。この結果をもとに、反応条件を最適化し、最大の病態改善効果を与える条件を決定する。さらに、触媒の(A)生体内安定性、および(B)代謝物の毒性発現などを調べる。(A)は、光酸素化処理後の線虫ライセート中から回収される触媒の残存量を高速液体クロマトグラフィーによって定量することで明らかとする。触媒の安定性が低い場合は、触媒由来の代謝物を単離・精製後、構造決定することで推定される原因を解明し、触媒設計戦略に反映する。(B)は(A)の情報に基づき、生じ得る反応性代謝物について細胞を用いた毒性試験を行うことで調査する。また、高速AFMによりTTRの分解過程をリアルタイムで観測することで、反応とアミロイド分解のキネティクスを明確化し、国際誌(査読有り)への投稿に向けて研究の質を高める計画である。
本研究は、創薬合成化学の基礎研究を行う東大(研究員所属先)、世界唯一の本疾患モデル動物を有する熊大、臨床研究を可能とする長崎国際大の、多岐に渡る研究者間の協力なくしては実現できないものであり、この密接な連携を可能とするには共同研究先へ訪問し、オンサイトで研究員自らが実験系を確立する必要がある。次年度からは、プロジェクト論文化(査読有りの国際誌への投稿)に向けた長期国内出張を行うための旅費を必要とするため、次年度への繰越しをさせていただいた。
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ChemRxiv
巻: - ページ: -
10.26434/chemrxiv-2024-pghmz
The Chemical Record
巻: 23 ページ: -
10.1002/tcr.202300198