研究課題
本研究は海洋環境で複数種が同所的に分布しているヒゲクジラ類が、同種の繁殖相手を見分け接近する手段として、嗅覚と温度感覚が用いられている可能性を検討するものです。2023年度は鯨類の嗅覚について形態とゲノムから解析した論文を公表したことが第一の成果です。ヒゲクジラ類は嗅覚に必要な解剖学的構造および遺伝子群を保持しており、嗅覚能力があることが議論されてきました。本研究は、ミンククジラが持つclass-2嗅覚受容体遺伝子の一部が鼻甲介で発現していることを明らかにしました。同様の部位では、粘膜の上皮細胞も嗅上皮と同様の形態的特徴を示しました。この成果はこれまでの形態学的な議論と分子生物学的な議論を結び付け、本種が嗅覚能力を持つことを示唆する結果でした。また、多くの哺乳類は特定の匂いに対し忌避行動をとることが知られていますが、ヒゲクジラ類は誘引性のある匂いのみを受容している可能性を示しました。第2の成果として、乗船によりニタリクジラとイワシクジラ2種から、体表および臓器のサンプリングを実施しました。分子実験に使用できるクオリティの鯨類のサンプルが得られたことは本研究の大きな進展でした。2023年度中はこれらのサンプルを組織学的に観察し、RNA抽出箇所を検討しました。特に鋤鼻器痕跡器官付近は陸棲近縁種との相同性についての報告が乏しいことから、複数の部位から切片を作成し細かく観察をしました。この部位で体性感覚を示す神経終末が密に観察されたため、複数の染色方法で確認をしました。
1: 当初の計画以上に進展している
2023年度に達成すべき課題の一つがサンプリングでした。このサンプリングには多くの人が関わり、約8カ月の準備期間を要した一大プロジェクトでしたが、効率的なサンプリングと漏れのない記録を安全に達成することができました。当初予定していたより多くのサンプルを得ることができ、現場で実際に鯨体を観察したからこそ得られた知見もありました。このサンプリングの成功は、今後の研究の進展に大きく貢献するものでした。
初年度に多くのサンプルが得られましたので、これらを用いてヒゲクジラ類の生態について、嗅覚、体性感覚、あるいは繁殖・摂餌行動といった様々な切り口から検討することができると考えています。まずはサンプルをデータ化することが求められます。具体的には、様々な部位の組織切片を観察し、そこで発現している遺伝子をリスト化することです。嗅覚についてはミンククジラで実施したのと同様の解析をニタリクジラとイワシクジラについても行い、ヒゲクジラ類ナガスクジラ科で広く共有される特徴と種特異的な形質を整理します。体性感覚については、ゲノム解析によって温度感覚関連遺伝子を探索する予定です。その結果を体表で発現している遺伝子リストと照合し、鯨類の分布が水温にどのように依存しているのか検討します。鋤鼻器痕跡器官付近の解剖学的特徴についても新たな知見が得られていますので、これをまとめ、論文化する計画です。
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International Journal of Molecular Sciences
巻: 25 ページ: 3855~3855
10.3390/ijms25073855