有機導体(EDO-TTF-I)2ClO4は有機分子EDO-TTF-I層とアニオンClO4層から成る擬二次元物質である。この物質は降温に従い190Kにおいて単位胞が2倍になる構造相転移を伴いながら、ダイマーモット絶縁体から半金属に相転移する。これは、高温でランダムだった非対称なアニオンClO4の配向が揃う「アニオン秩序化」によるものである。相転移後は単位胞内に4つの分子が属し、それらは2つの非等価なダイマーを形成する。さらに、95Kでは再び半金属から絶縁体へと相転移するが、低温における絶縁体層の正体は不明であったため、第一原理計算に基づいた有効模型に多変数変分モンテカルロ法を適用することで、この物質の基底状態を理論的に調べた。本研究では、フェルミ順位近傍に孤立した4つのエネルギーバンドを有効模型の自由度として選び、最局在ワニエ法によって飛び移り積分を計算した。また、制限乱雑位相近似によって遮蔽効果を考慮したクーロン相互作用を計算し、低エネルギー有効模型を導出した。これを用いて平均場近似及び多変数変分モンテカルロ法によって基底状態を計算した結果、ダイマーごとに逆向きの磁気モーメントを持つ「ダイマー反強磁性絶縁体」が基底状態となり得ることが見出された。ダイマー反強磁性状態を解析するために波数空間表示の平均場近似を使ってエネルギー分散を計算したところ、ダイマーの非等価性によって、バンドが等方的なスピン分裂を起こす「補償フェリ磁性体」となることが明らかになった。さらに、非等価ダイマーを有するシンプルな1次元模型にダイマー反強磁性を課すと、(EDO-TTF-I)2ClO4と同様に、補償フェリ磁性が現れることを示した。本研究により、(EDO-TTF-I)2ClO4に加え、アニオン秩序化による非等価ダイマーを有する有機導体が補償フェリ磁性を作る良い機構となる可能性が見出された。
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