研究課題
(1)YbCuS2で観測された新奇な秩序状態、準粒子励起の起源や性質を調べるため、圧力効果および元素置換効果を調べた。約1 GPaの圧力下で、転移温度TN ~ 1.05 Kと常圧のTN ~ 0.95 Kの値に比べて上昇するのに対し、Lu、Seで10%置換したYb0.9Lu0.1CuS2、YbCu(S0.9Se0.1)2については、いずれもTN ~ 0.75 Kと無置換系のTNの値に比べて減少した。一方で、低温の核スピン-格子緩和率1/T1の値を比較すると、圧力効果で減少し、元素置換効果で上昇する。これらの結果をまとめると、圧力と元素置換は相反する効果を持ち、TNと1/T1の値が系統的に変化していることがわかった。TN以下の秩序状態は鎖間相互作用を起源としており、低温で見られる中性準粒子は、最近、理論提案された異方的相互作用をもつジグザグ鎖スピン系モデルで発現するネマティック粒子に関連していると考えられる。これらの成果については日本物理学会で報告し、現在、論文執筆中である。(2)YbCuS2で観測された中性準粒子がYbジグザグ鎖のフラストレーションに由来した普遍的な現象であるのかどうか調べるため、YbCuS2と同型構造をもち、格子定数の異なるYbAgSe2に対してSe核の核磁気共鳴(NMR)測定を行った。YbAgSe2のナイトシフトは、高温域では磁化率にスケールする一方で、TN ~ 1.8 K以下で磁化率とのスケールは破れる。また同じ温度から1/T1が急激に減少し、指数関数的に減衰することから、マグノンギャップをもつ磁気秩序状態であることが分かった。YbCuS2で観測されたギャップレスな準粒子励起の挙動は1.0 Kまで観測されなかった。この成果については、Journal of the Physical Society of Japanに投稿予定である。
2: おおむね順調に進展している
当初予定していた(1)YbCuS2の磁気状態における圧力効果・不純物効果の検証および(2)同型構造をもつ他の関連物質における中性準粒子の探索を行うことができた。YbCuS2における約1 GPaの圧力下でのNQR測定では、転移温度TNが上昇し、核スピン-格子緩和率1/T1が減少するという興味深い結果を得ることができた。一方、LuやSeでの10%の元素置換により、TNが減少し、1/T1が上昇することが分かった。これらの圧力と元素置換の相反する効果により、YbCuS2における磁気状態の特性・起源がより詳細に理解できた。さらに、YbCuS2と同型構造を持つYbAgSe2におけるNMR測定も行い、YbCuS2との比較から物質間の差異を明らかにした。YbAgSe2でギャップレスな準粒子励起の振る舞いが観測されなかったことは、YbCuS2で見られた中性準粒子がYbCuS2の固有の現象である可能性を示唆している。これらの成果について国内外の学会で発表し、研究論文の執筆も進行中である。よって、おおむね順調に進展していると判断する。
今後、さらにYbCuS2で見られた中性準粒子の物性理解のために以下の研究を計画している。(1)YbCuS2における圧力温度相図の作成これまで約1 GPaまでの圧力下でしかNQR測定を行っていない。そのため、さらに高い圧力下でのNQR測定を行う。測定結果を常圧下における Cu-NMR/NQR測定結果と比較することによって圧力印加による磁気秩序相の変化を明らかにし、圧力温度相図を作成する。さらに、1/T1の振舞いの変化から中性準粒子の圧力に対する応答を系統的に調べ、中性準粒子の知見を得る。(2)YbCuS2の磁気構造決定および 中性準粒子の磁場に対する応答の検証YbCuS2は磁場を印加すると複雑な異常を示し、3つの磁気秩序相をもつことが報告されている。そこで、Cu-NMRスペクトルの測定を行い、内部磁場の印加磁場依存性を調べることにより、それぞれの磁気秩序相の磁気構造を同定する。さらに、1/T1の温度依存性および磁場依存性の測定により、中性準粒子が各磁気秩序相においてどのように振る舞うかを調べる。
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Science Advances
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