研究課題/領域番号 |
23KJ1447
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
樋口 流音 大阪大学, 生命機能研究科, 特別研究員(DC2)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-25 – 2025-03-31
|
キーワード | クラスター型プロトカドヘリン / 神経回路形成 / シナプス形成 / 遺伝子改変マウス / 細胞間接着 / 質量分析 |
研究実績の概要 |
脳神経系は,興奮性と抑制性の相異なる神経細胞の緻密なバランス(E-Iバランス)によって高度な情報処理を生み出している.E-Iバランス形成にはさまざまな細胞接着因子による細胞間コミュニケーションが必要と考えられており,クラスター型プロトカドヘリン(cPcdh)遺伝子群が,候補分子であることがわかってきた.本研究では,cPcdh遺伝子群に属するPcdhgC4に着目し,遺伝子改変マウスの作出とその解析をおこなった. PcdhgC4の細胞内ドメイン(VCPドメイン)を欠損させたマウス,PcdhgC4-dVCPマウスをゲノム編集にて作製し,表現型の解析をおこなった.本マウスは脳幹部を主として大規模な神経細胞死が観察され,生後1日以内に死亡した.さらに,細胞死が観察されない大脳皮質領域では,VGluT2およびVGATで染色されるシナプス前終末の顕著な減少を確認した.これは,PcdhgC4のVCPドメインによる神経細胞の運命決定とシナプス形成制御が存在することを示唆している. また,遺伝子改変マウス脳組織からタンパク質を抽出し,免疫沈降法と質量分析により,PcdhgC4のVCPドメインに結合する新規分子の探索をおこなった.その結果,約10種類のタンパク質によって構成される,シグナル伝達分子複合体を同定した.この複合体は,神経細胞を含む様々な細胞に発現し,細胞運動や細胞死制御に関与していることが報告されている.実際に発現コンストラクトを作製し,HEK293T細胞への強制発現で結合を確認したところ,複合体のうちいくつかが,PcdhgC4に結合していることが明らかとなった. さらに,本研究にて同定した分子のいくつかが,神経細胞の樹状突起形成やシナプス構築に関与することが報告されており,PcdhgC4をはじめとするクラスター型プロトカドヘリンの上流・下流のシグナル系の解明につながることが期待される.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
遺伝子改変マウス(PcdhgC4のみを発現するマウス)の脳組織を用いた免疫沈降と質量分析によって,新規のシグナル分子複合体を同定することができた.これまでにおこなわれたクラスター型プロトカドヘリンのプロてオーム解析では報告のなかった分子群であり,今後の大きな発展が見込まれる.本年度は,このシグナル分子複合体の発現コンストラクトを作製し,HEK293T細胞に強制発現させる系を用いて,PcdhgC4と結合しているかどうかを生化学的実験にて検証した.シグナル分子複合体を構成する10タンパク質のうち5タンパク質が,PcdhgC4と直接結合していることを見出した.さらに,HEK293T細胞に発現させ免疫染色をおこない,その局在を観察したところ,この5分子は,PcdhgC4と共局在していることがわかった.現在,神経細胞でも同様の現象が起きるかどうかを検討しており,マウス脳組織を用いたタンパク質抽出と免疫沈降,および免疫染色による実験を進めている. 同マウスを用いて,ショットガン法による質量分析も試みたが,マグネットビーズにプロトカドヘリン抗体をクロスリンクさせることにより,抗体が失活してしまい,十分な沈降産物を得ることができなかった.そこで,FLAG-AU1-HAの3つのアフィニティタグをタンデムに挿入したFAH-PcdhgC4マウスの作出を,ゲノム編集にて検討した.現在までに,F1ヘテロマウスを得ており,HAタグ抗体およびFAHタグ抗体を用いて,PcdhgC4タンパク質を検出することに成功している.マウスの繁殖を進めており,ホモマウスのサンプリングを進める予定である.このタグノックインマウスは,タグ抗体を用いることで,脳組織の免疫染色もおこなうことができるため,これま抗体の特異性の問題からできていなかったPcdhgC4タンパク質の局在も調べることができる有用なマウスである.
|
今後の研究の推進方策 |
今年度の研究実績から,2つの項目を今後の研究方針とする. (項目1)本年度に同定したシグナル分子複合体の解析を進める.具体的には,脳組織あるいは初代培養神経細胞を用いて,神経細胞においてPcdhgC4とシグナル分子複合体がどのような関係にあり,神経細胞死をどのように制御しているかどうかを調べる.脳組織においてはタンパク質抽出と免疫沈降,あるいは免疫染色をおこない,生化学的および時空間的な解析をおこなう.初代培養は,胎生期13.5日目の中脳領域を摘出し,分散培養をおこなう.分散後,エレクトロポレーション法あるいはマグネットフェクション法にて,PcdhgC4と候補分子の遺伝子を導入する.培養後,1日おきに共焦点顕微鏡を用いてライブイメージングをおこない,神経細胞において「いつ」「どこで」PcdhgC4とシグナル分子が協調して機能しているかどうかを解析する.さらに,ノックアウトマウス由来の細胞を用いることで,シグナル分子によるレスキューが可能かどうか検討する. (項目2)タグノックインマウスの解析を進める.細胞外にFLAG-AU1-HAの3つのアフィニティタグがタンデムに挿入された,FAH-PcdhgC4マウスを作製した.このマウスの繁殖およびサンプリングを進め,アフィニティタグ抗体を用いた免疫沈降とショットガン質量分析を実施する.また,本マウスはアフィニティタグ抗体を用いた免疫染色が可能であることを想定している.胎生期から発達期にかけて段階的に脳組織の固定・薄切切片作製をおこない,免疫染色することで,PcdhgC4タンパク質の経時的な局在解析をおこなう.さらに,PcdhgC4タンパク質は細胞外ドメインでADAM10などのタンパク質により切断される.この切断産物を検出するために,細胞内にFLAG-AU1-HAタグを挿入したPcdhgC4-FAHマウスを作出し,比較実験をおこなう.
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初購入予定だった試薬の代替品が発売され,結果は良好かつコストパフォーマンスに優れていたため,消耗品の費用が少なくなった.一方,次年度使用予定の界面活性剤や培養関連試薬は,いくつかを海外から輸入購入する必要がある.円安の影響を受けており,海外メーカーの試薬が軒並み値上がりしており,本年度で繰り越した分を次年度の実験に必要な試薬を購入する費用として計画することは,妥当である. 旅費に関して,本年度は,神経科学大会のみの参加であったため,旅費が想定より使用額が少なくなった.次年度は,生化学会および分子生物学会に参加予定であり,その際に使用する計画である. 本年度は論文出版を実現することができず,その費用を使わなかった.本年度で出た差額分は,次年度の論文出版費用に使用する予定であり,現在,論文投稿準備中である.また,最近の円安の影響により,オープンアクセスの出版費用が現在より多くかかることが想定される.そのため,本年度で使用しなかった分を論文出版費として次年度に使用する計画は,妥当である.
|