研究実績の概要 |
本研究は、がん研究において近年注目されている「細胞競合」に着目した課題であり、がん変異細胞と隣接する正常細胞との細胞間相互作用の実態解明を目指すものである。細胞競合とは、異なる性質の細胞が隣接した時、互いに生存を競い合う現象である。イヌの腎上皮由来の正常上皮細胞であるMDCK細胞を用いた研究成果により、正常上皮細胞と少数のがん変異細胞を混合培養したとき、正常細胞と変異細胞間で細胞競合が生じ、変異細胞は上皮層から排除されることが報告された(Hogan et al., Nat Cell Biol, 2009など)。さらに、細胞競合マウスモデルを作出し、腸管に少数産生されたRas変異細胞のほとんどが細胞競合により管腔へと排除されることが報告されている(Kon et al., Nat Cell Biol, 2017)。排除過程の変異細胞内では様々な性状変化が生じることが明らかにされており、我々の研究グループでは、隣接する正常細胞のfilamin集積によってRas変異細胞内でリソソームの機能が障害され、細胞内で蓄積されたオートファゴソームがさらに正常細胞のfilamin集積を誘導するポジティブフィードバックが生じ、細胞競合を正に制御することを明らかにした(Akter et al., Cell Rep., 2022)。しかしながら、変異細胞に隣接する正常細胞で生じる細胞内イベントの解析は遅れており、正常細胞が変異細胞を排除する分子機構は不明である。そこで本研究では、細胞競合を惹起する正常細胞の遺伝子発現変化を網羅的に解析し、正常細胞の排除圧の実体を明らかにすることと共に、未だ確立されていない細胞競合マーカーを同定することを目的とした。
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