研究課題/領域番号 |
24000005
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
廣瀬 敬 東京工業大学, 地球生命研究所, 教授 (50270921)
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研究分担者 |
大石 泰生 公益財団法人高輝度光科学研究センター, 利用促進部門, 研究員 (20344400)
ALFRED Baron 国立研究開発法人理化学研究所, 放射線光科学研究センター, 准主任研究員 (90442920)
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研究期間 (年度) |
2012-05-29 – 2017-03-31
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キーワード | 地球深部 / コア / 下部マントル / 高圧 / 放射光 |
研究実績の概要 |
本研究は、主に超高圧実験によって鉄合金の結晶構造と物性を決定し、地球コアの化学組成やダイナミクスを理解することを主眼としている。今年度は、X線非弾性散乱に基づく液体鉄-炭素合金および鉄-ニッケル-硫黄合金の縦波速度の決定に世界で初めて70万気圧まで成功し、液体鉄合金の速度に関する過去の静的圧縮法による実験(10万気圧以下)を大きく更新することができた。その結果、炭素が地球コアの主要な軽元素ではないことを明らかにした。実験と相補的な第一原理計算も行い、われわれの実験結果と調和的な、液体鉄-硫黄合金の縦波速度を得て、硫黄もコアの支配的な不純物ではないことを示すことができた。一方、高圧下におけるFe-N合金の状態図を調べ、40万気圧以上では窒素に最も乏しいFe-N合金となる、β-Fe7N3相を発見した。内核のポアソン比をうまく説明することから、Fe7C3相が内核の主要構成相との主張が最近相次いでいるが、β-Fe7N3相はこのFe7C3相と同じ構造を持ち圧縮特性もよく似ていることから、内核中でFe7C3相と固溶体を形成している可能性がある。また、純鉄の電気伝導度をコアに相当する高圧と高温まで測定することにも初めて成功した。その結果、理論的に予測されている電子同士の散乱に起因する電気抵抗の上昇は観察されず、逆に抵抗値の飽和の効果により、従来の推定値に比べてコアの電気伝導度は低い(熱伝導率は高い)ことを、静的圧縮法による高圧実験から直接明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究計画は8つの研究課題と1つの技術開発課題からなり、コアの化学組成の決定とダイナミクスの理解を目的としている。これら9つの課題すべてについて実験が行われ、計画が順調に進んでいる。中でも以下の4点については、予想以上に大きな成果が挙がっている。 1) コアの高い熱伝導率と急速な冷却 内核誕生以前における地球の磁場形成には液体コア中の熱対流が必要であることを考えると、コアの熱伝導率はコアが失ってきた熱量の下限値を与える。コアの電気抵抗率(金属の熱伝導率は電気抵抗率から導出される)は従来200-500μΩcmとされていたが、コアの環境下で直接測定されたことはなかった。本研究では、まず鉄および鉄-シリコン合金の電気伝導度を、静的圧縮実験としては世界で初めて、室温で100万気圧まで測定することに成功した(Gomi et al., 2013)。さらに、金属物理学ではよく知られた「抵抗率の飽和」現象を、コアの電気伝導度のモデリングに初めて取り入れ、その結果コアの電気抵抗率はコア最上部で90μΩcmと従来の半分以下と推定した。さらに最近、コアの超高圧と超高温まで、純鉄の電気伝導度の直接測定に初めて成功し、この推定値が正しいことを実証した(Ohta et al., 投稿中)。この結果は、熱伝導率は従来の少なくとも2倍以上、コアの冷却速度の下限値も2倍以上であることを意味している。すなわち、内核の誕生は10億年前より新しく、また現在のコア-マントル境界の熱流量も10テラワット以上であることが明らかになった。 2) 低温のコアと水素の存在 マントル最下部は全球的には融解していないことを考えると、典型的なマントル物質のソリダス温度はコア温度の上限値を与える。われわれは放射光X線を用いた高解像度トモグラフィ画像を基に、微量な融解液の確認に成功し、その結果マントルの底のソリダス温度が3600 Kと、従来の見積りより500 Kも低い結果を得た。これにより、コア最上部の温度は3600 K以下と、伝統的な見積りよりも400 K以上低いことがわかった。さらに、低温にも関わらず外核が液体であるためには、大量の水素が含まれている必要があることがわかった(Nomura et al., 2014)。 3) 内核の結晶化とコアの化学組成の制約 収束イオンビーム装置を活用して、鉄合金の融解実験を精力的に行い、コアの圧力下ではFe-FeSi系の共融点組成がきわめてシリコンに乏しいことを明らかにした。このFe-FeSi2成分系の状態図は、地球化学データから要請される6 wt.%のシリコンがコアにある場合、B2相が結晶化することを示しているが、これは外核よりも低密度のため内核物質ではあり得ない。外核の密度を説明するには、6 wt.%のシリコンに加え、他の軽元素の存在が必要とされるが、その軽元素が存在することにより、外核よりも重い相がリキダス相(最初に結晶化する固体相)にならなければならない。これは外核の化学組成を決定する上できわめて重要な制約になる。 4) 超高圧下での液体鉄合金の縦波速度測定 コアの化学組成が純鉄ではなく、多量の軽元素を含んでいることはすでに60年以上も前から知られており、コスの化学組成決定は固体地球科学に残された最大の課題の一つである。これを理解することにより、コア形成プロセスや地球の原材料物質など、地球形成の詳細が初めて明らかになると言える。コアの体積にして96%は液体(外核)であり、その最も信頼のおける観測は縦波速度である。ゆえに、実験室でコア物質の候補となる液体鉄合金の縦波速度を実測し、地震学的データと比較することによってコアの組成を決定するのが最良と言える。精度と発生圧力温度パスが限られる衝撃圧縮実験を除くと、コアの条件下で液体鉄合金の縦波速度を測る、ほぼ唯一の手段が、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(DAC)とX線非弾性散乱測定の組み合わせである。しかし、これはまだ世界的に見ても実験例がなかったが、本研究ではあえて最重要課題として取り組んできた。当初この実験には、大きな液体の試料体積が得られる外熱式DACを使った実験を行っていたが、さまざまな工夫を行った結果、レーザー加熱式DACでも十分に良質な非弾性散乱スペクトルが得られるようになった。後者はずっと高い温度を発生可能であるため、融解温度が高い超高圧下でも鉄合金試料を融かすことが可能になり、結果として超高圧まで測定することができるようになった。今年度までに、液体Fe84C16合金と液体Fe46Ni29S25合金の測定を終え、ともに70万気圧以上までのデータ取得に成功した。従来、液体鉄合金の縦波速度決定は、マルチアンビル装置と超音波速度測定の組み合わせにより、10万気圧以下で行われてきた。約20万気圧以下の測定結果は、磁性の効果を含んでいるため、単純にコア圧力(135万気圧以上)へ外挿することができない。ゆえに、われわれの測定はこの点からもきわめて貴重なデータと言える。これらの結果、炭素や硫黄が地球コアの支配的な不純物ではないことが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
コアの軽元素の種類と量を特定するには、さまざまな観測事実と関連する実験データを使った多角的な検討をする必要がある。そこで本研究では、1) マントルのソリダス温度の決定(コアの温度の上限値)、2) コア圧力・融解温度以上での状態図の作成(内核-外核境界での軽元素の分配)、3) 超高圧下における液体鉄合金の縦波速度測定(外核の地震波速度)、4) X線回折測定による超高圧下における密度決定(内核の密度)、の4種の実験を行っている。このうち、2)と3)については先行研究がなく、収束イオンビーム装置の導入や測定技術開発が必要であったが、それもほぼ完成しつつある。 上で述べたように、このうち1) については、マントルのソリダス温度が過去の研究に比べて500K程度低いことが明らかになり、同時にコア最上部の温度の上限値も低いことがわかった。低い温度でも外核が液体であるためには、鉄の融解温度を大きく下げる水素が大量に必要である。Nomura, Hirose et al. (2014 Science)では、地球化学的に要請される6 wt.%のシリコンも含め、コアは鉄-水素-シリコン合金であると提唱した。本研究ではこれを作業仮説とし、2)-4)の実験を進めている。ただし、他の鉄合金の測定も比較という意味で依然として重要である。 2) について、コアの圧力下でFe-FeSi系の融解実験を行った結果、コアに6 wt.%のシリコンが存在する場合、シリコン以外の軽元素が固体鉄のリキダス領域を大きく拡げる必要があることがわかった。現在その効果を確かめるべく、鉄-水素-シリコン合金の融解実験を進めつつある。3) については、液体鉄合金のX線非弾性散乱測定に70万気圧まで成功しており、コア圧力下での測定まであと一歩である。多少の外挿を許せばすでに外核の縦波速度データとの比較が可能になっている。現在、液体鉄-シリコン合金の測定を遂行中であり、鉄-水素-シリコン合金の測定に向けた準備も進めている。これにより、想定されるコアの組成を持つ液体金属の速度を決定し、観測と直接比較することにより、その組成の妥当性を精度よく検証できる。4) について、内核で観測される密度データと比較するには、精密な状態方程式を構築する必要があるが、実はこれまで純鉄の状態方程式すらコアの高圧と高温では実験で決定されていないと言っても過言ではない。最近われわれは、均質な温度発生が可能な抵抗加熱式DACを使った技術開発を精力的に進めており、これを使った精密な状態方程式の決定を計画している。 これらコアの化学組成決定と並んで、本研究ではコアのダイナミクス(対流)や熱進化の鍵となる、コアの熱伝導率測定を進めている。上に記したように、本研究は、鉄や鉄合金の電気抵抗率には「抵抗の飽和」現象が強く関与していることを地球科学分野で初めて指摘し、またそれを超高圧高温実験で実際に確かめることができた。Gomi et al. (2013 PEPI)では、この効果により、コアの熱伝導率は従来の推定値の少なくとも2倍は高いとしている。しかしながら、コアには不純物が大量に含まれており、未だその効果の検討は不十分である。たとえば、水素が鉄中に含まれることにより、電気抵抗がどう変化するのか、まったくわかっていない。熱伝導率はコアのダイナミクス(安定成層の有無)や熱史を制約する重要な物性値であり、今後は水素を中心に不純物抵抗の効果を検証していく。
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