研究課題
当グループでは昨年、嗅覚神経地図の形成に関して、GPCRである嗅覚受容体が胎仔期に於いてリガンドのない状況下で、活性型と非活性型の間を構造的にゆらぐ事でcAMPを産生し、それによって軸索投射分子の発現量を制御しているという報告を行った(Cell 154, 1314, 2013)。この発見は、嗅覚受容体遺伝子の同定以来、最大の懸案であった"嗅覚受容体によって指令的に行われる軸索投射の制御"に対して最終的な答を出したのみならず、これ迄ノイズ活性としてその生理学的意義が顧みられなかったGPCRの基礎活性に、胎仔期に於ける神経配線の制御という重要な役割のある事を示したという点に於いても重要である。当グループでは現在、研究の軸足を二次神経に移し、僧帽細胞の一次神経とのシナプス形成及び嗅皮質への軸索投射に関して新たな知見を得つつある。1つは、一次神経軸索と二次神経のシナプス形成に向けた二次神経の細胞移動の制御で、一次神経の軸索が分泌する神経誘導物質Sema3Fが一次神経の軸索投射のみならず二次神経の移動をも制御していることを見出した。第2は、シナプス形成の初期段階に於けるパートナー選択のプロセスで、二次神経は距離的に最も近くに存在する糸球体にシナプスを形成するという"proximity model"が証明された。それに続くポストシナプティックな反応については、一次神経の分泌するSema7Aと二次神経の発現するPlxnC1の結合シグナルが、シナプス形成の引き金になる事を明らかにした。第3には、シナプス形成を踏まえた二次神経軸索の嗅皮質への投射制御で、これまで鋤鼻器からのフェロモン情報のみを受容・処理すると考えられていたMeA領域に主嗅覚系からの入力の有る事を蛍光標識や逆行性ウイルス標識を用いて初めて明らかにした。これらの研究成果については現在、有力欧文誌に3報投稿中である。
1: 当初の計画以上に進展している
予定された研究計画のかなりの部分は有力欧文誌に発表もしくは投稿済みであり、それに続く研究プロジェクトも、着々と遺伝子操作マウスの作製など、準備が進んでいる。また二次神経回路のトレーシングの為に導入したレビウイルスについては、東大・医の尾藤教授の協力を得て、嗅皮質から嗅球へのtrans-synapticなウイルス移行を確認し、我が国で初めてウイルスを用いた逆行性の神経軸索染色に成功している。更に神経回路機能については、恐怖を誘導する匂い物質(TMT)及び忌避物質(TMA)に関して、対応する嗅覚受容体のノックアウト、チャネルロドプシンの導入と共に、順調に遺伝子操作マウスの作製が進み、東大・医の森憲作教授の協力により嗅皮質の解析や、電気生理学的な二次神経の活性化解析が進められている。以上の様に、計画した実験プロジェクトはほぼ当初の計画通りもしくはそれ以上に滞りなく進行している。
当グループは2007年に世界に先駆けて、嗅覚情報の情報処理は先天的(innate)な本能判断と記憶に基づく学習(learned)判断の二本立てで、情報入力の段階から独立かつ並行して行われている事を遺伝子操作マウスを用いて明らかにした(Nature 450, 503, 2007)。ショウジョウバエDrosophilaのシステムでは、匂い情報に対してlateral hornで先天的本能判断が、mushroom bodyで学習依存的判断が下されている事が明らかになっている。しかしマウスでは、広大な嗅皮質のどこで匂い情報に対する判断が下されているか依然としてなぞが多い。我々は以下の実験によって、匂い情報に対する判断がどこでどの様に下されているかを明らかにする。1)先天的本能行動のdecisionmaking : 我々は既に天敵臭TMTに対する嗅覚受容体を同定し、様々な遺伝子改変マウスを作成済みである。チャネルロドプシンを発現することによって、TMTで活性化する単一の糸球体を光照射によって刺激し、忌避行動・恐怖行動を再現出来るかどうかを調べる。更に、TMTに対する糸球体に接続する嗅覚二次神経細胞が、嗅皮質のどの領野に軸索を投射しているかを、DiIなどの色素やウイルスを用いたトレーシングによって、先天的本能行動を誘導する神経回路を同定する。2)学習によって匂い情報に質感が付与されるメカニズム : 中立の匂いであるオイゲノール(EG)をマウスに嗅がせる時、同時に餌または電気ショックを与え、EGに対して快もしくは不快の感情を学習させる。その後再びEGを嗅がせた時、嗅球及び嗅皮質で新たに活性化される領域をイメージングや組織免疫学的な手法を用いて同定する。3)本能判断と学習判断のbalancing : まずマウスに対し、腐敗臭のある所に砂糖が存在するという報酬学習を行う。その後、腐敗臭に応答する神経回路と、記憶中枢である海馬からの回路が統合される嗅皮質の領野を、1)に述べたのと同様なトレーシング法によって特定し、その部位に於ける細胞の応答性に変化が見られるかどうかを電気生理学的及び組織免疫学的手法を用いて解析する。4)特定の匂いによって活性化される神経回路の標識並びに光刺激による神経活動の操作 : 神経細胞が活性化された時に一過的に発現量が上昇するArc遺伝子のプロモーターの下流に、Creリコンビナーゼ遺伝子を挿入した遺伝子改変マウスを作製する。このマウスの嗅球、あるいは嗅皮質の特定の領野にアデノ改変ウイルスを感染させ、Cre依存的に蛍光タンパク質あるいは光刺激依存性チャネルを発現させる。その結果、特定の匂いによって活性化される神経回路の標識、並びに、光刺激による神経活動を操作することが可能となる。これらの実験システムを駆使すれば、1)-3)で述べた匂い情報に対する判断が脳のどの領野で行われているかを明らかにすることが出来ると期待される。
すべて 2014 2013
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