研究課題/領域番号 |
24000014
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
坂野 仁 福井大学, 医学部, 特命教授 (90262154)
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研究分担者 |
西住 裕文 東京大学, 大学院理学系研究科, 助教 (30292832)
菊水 健史 麻布大学, 獣医学部, 教授 (90302596)
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研究期間 (年度) |
2013 – 2016
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キーワード | 主嗅覚系 / 恐怖行動 / チャネルロドプシン / 社会行動 / 扁桃体 / シナプス形成 / critical period / 行動障害 |
研究実績の概要 |
平成27年度は、マウス主嗅覚系を介した本能行動に関して、昨年度の成果を更に発展させ、以下に述べる重要な知見を得る事が出来た。先ず恐怖行動については、単一糸球体を介した光刺激によって、天敵であるキツネの匂い(TMT)に対する恐怖行動の発動をmimicし、恐怖行動は、その場を逃れるavoidanceと身をすくめるimmobilityの2つの行動からなり、それらは別々の糸球体と回路によって独立に脳の中枢へと伝達される事が示された。 主嗅覚系を介した社会行動については、共同研究者の協力を得て飛躍的な進展を遂げた。これ迄マウスの社会行動は、不揮発性のフェロモンを介して副嗅覚系によってその情報が扁桃体に送られ、その制御が行われると考えられてきた。当グループでは、主嗅覚系がNeuropilin 2 (Nrp2)を発現するmitral細胞を介して揮発性の匂い情報を扁桃体に送る事を見出していたが、今年度、ectopicなNrp2遺伝子の活性化のみでこの神経回路の構築が指令的に誘導される事が証明された。これは進化の過程で、Nrp2という単一の遺伝子の活性化によって、揮発性の匂い物質を介して遠距離から社会行動を制御する能力が獲得された事を示す極めて興味深い発見である。 我々はまた、嗅覚系のcritical periodに関してその分子基盤を明らかにした。当グループでは26年度に、一次神経の発現するSemaphorin 7A (Sema7A)と二次神経の発現するPlexin C1が、糸球体に於けるシナプス形成の主要分子である事を発見した。これを踏まえ27年度には、出生直後に匂い情報の入力を遮断すると、Sema7Aの発現が低下して嗅覚神経回路の形成が阻害され、大人になってからの他個体に対する識別行動に障害の生じる事を示した。これは自閉症発症の原因を考える上でも極めて重要な知見である。 また、これまで、Kirre13ノックアウトマウスの作製を理研と共同で開始し、常法に従い、複数のES細胞ラインでの変異マウス開発を予定していたが、26年12月時点において、得られた変異マウスが1ラインのみという予期せぬ結果となった。そこで研究費の一部を繰越し再インジェクションを行い、27年度中に複数ラインのKirre13ノックアウトマウスを樹立することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
光遺伝学を用いた恐怖行動の誘導については既に論文作成を完了し、主要科学誌に投稿準備中である。現在、コロンビア大学のRichard Axel教授などに論文に関する意見を求めている。査読者(レヴュアー)のコメントによっては、immobilityに加え、avoidanceを誘導する回路についての実験を追加する予定である。また、光刺激のレベルを下げた条件下では、tuftedタイプの二次神経は活性化されてマウスは探索行動を示すが、mitralタイプの二次神経は充分に活性化されず、恐怖行動を示すには至らない。この条件を用いて、mitral細胞とtufted細胞の役割分担について、嗅皮質細胞のどの領野が活性化しているかをEgrlの発現を指標に解析する追加の実験を行っている。 主嗅覚系を介した社会行動の制御については、既に論文を主要科学誌に投稿済で、現在editorの判断を待っている。この研究成果に関しては、嗅覚研究の第一人者であるスタンフォード大学のLiqun Luo教授などから、重要な発見であると高い評価を得ている。 嗅球に於けるシナプス形成に関しては、Sema7AとPlxnC1の役割に関する解析をすでに完了し、昨年Science誌に論文を投稿した。その後レヴュアーからは建設的かつ好意的なコメントを貰い修正バージョンを投稿したが受理には至って居ない。その後Cell誌のeditorからの助言を基に、critical periodに焦点を当てた論文に軌道修正を行い、出生直後の鼻孔閉塞及び解除の実験を追加した。現在行動実験を終了して投稿の準備を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年は最終年度にあたる為、投稿論文に対するレヴュアーのコメントを基に追加実験を予定している。また継続中のプロジェクトとして、次の4つの完成を目指す。 嗅覚情報を嗅球から嗅皮質に伝える二次神経にはmitralタイプとtuftedタイプの有る事は知られているが、それらの機能分担や更なるサブセット化の研究は進んでいない。当グループではmitral細胞が軸索分別分子Kirrel3の発現によってKirre13+とKirre13-のサブセットに分けられる事を見出している。我々は既にmitral細胞特異的なKirre13のノックアウトマウスを作製し現在その解析を行っている。今後更に、mitral及びtuftedタイプの細胞の機能分担を明らかにするため、夫々に対するノックアウトマウスを作製し、その解析を行う予定である。 当グループではこれ迄の研究により、匂いの識別は糸球体の活性化パターンによって行われるが、先天的な匂いの質判断は糸球地図の各領野に分布する機能領野の活性化によって決まると考えている。我々は恐怖領野に着目し、そこにキツネの分泌臭TMT以外に、他の天敵臭や山火事の匂い等、身に危険を及ぼす可能性のある匂いに反応する糸球体がクラスターをなしていないかどうかについて解析を進めている。 当グループではこの機能領野モデルを立証するもう一つのアプローチとして、Nrp1とNrp2の発現量を変化させる事により、糸球体の位置を前後軸及び背腹軸に沿って夫々移動させ、TMT反応性の糸球体を恐怖領野から外したり、新たな糸球体を恐怖領野内へと移動させる事を試みている。その結果、恐怖誘導能が失われたり獲得されたりするのかどうかについて検証を行う。 以上の研究推進方策により、嗅覚神経地図と回路形成に関する新たな知見が得られ、その出力である行動や情動判断へのリンクが明らかになる事が期待される。
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