研究課題
平成28年度に行われた研究では、二次神経のシナプス形成と軸索投射の研究を基に、嗅覚系における二次投射の持つ機能的意味が明らかとなった。当プロジェクトの先行研究により、一次投射が嗅覚情報の質感の仕分けに重要である事を示したが、それに続く二次投射では、嗅球上に展開された嗅覚情報が、匂い情報の質感毎に、対応する嗅皮質の各領野へと個別に分配される事が明らかとなった。例えば、嗅球の背側後方部に集められた忌避情報は扁桃体CoA領域の後方部へ、嗅球の腹側末端部に集められた誘引的社会行動情報は扁桃体MeA領域の前方部へと、それぞれ送られる事が判明した。本年度の研究では更に、忌避と誘引を誘導する神経回路は、異なるサブセットの二次神経によって、それぞれに特異的な軸索誘導分子を用いて独立にかつ並行して形成される事が示された。これらの結果は、一次投射を介して匂い情報がそれぞれの質感毎に嗅球上で領野分けされる事、続いて二次投射を介してその質感に対応した扁桃体の各領域に情報が振り分けられる事を示しており、これら2つの投射プロセスを経て匂い情報の先天的価値付けがなされている事が明らかになった。本年度の研究ではまた、一次神経と二次神経を結ぶシナプス形成が、生後一週間の臨界期に神経活動依存的にSemaphorin 7Aのシグナルを介して起こり、それによって刷り込み記憶の形成される事が示された。この外界入力依存的な回路形成は、遺伝的にプログラムされた神経回路が、可塑的にかつ不可塑的に修正される事を示すものとして重要である。
2: おおむね順調に進展している
当グループでは最近、マウス嗅覚系に生後一週間に限定したcritical periodの有る事を確認し、このいわゆる臨界期が、糸球内でのシナプス形成を誘導するSema7Aのシグナルによって規定されている事を見出した。ちなみにSema7Aシグナルを臨界期に阻害すると、成長後に他個体との社会的関わりを避ける、自閉症的行動が見られる。更にこのSema7Aのシグナル依存的に、臨界期に嗅いだ匂いに対して刷り込み記憶(imprinted memory)の成立する事も示された。興味深い事に、刷り込み記憶は入力情報の質感を常にポジティブに価値付けし、たとえ天敵臭の様な忌避すべき匂いに対しても誘引行動を引き起こす。この刷り込み記憶により、扁桃体CoA領域からのストレス出力が抑制され、誘引的な情動を支配するMeA前方部が活性化される。これらの発見は、先天的神経回路によって制御される情動・行動の出力が、臨界期の外界入力によって、可塑的かつ不可逆的に修正される可能性を示すものとして重要であり、今後の研究の進展が期待される。
本研究課題は今後、次の3点に重点を置いて推進する予定である。1)嗅球機能ドメインと対応する嗅皮質領野の特定 : 当グループではすでに、天敵臭TMTに反応性の糸球群の内、単一の糸球体の光刺激により、恐怖行動の一つ、すくみ(freezing)反応を誘導する事に成功している。この知見を基に、嗅球の様々な領野に異なる機能ドメインを特定し、光刺激による単一糸球体からの入力が、嗅皮質のどの領野を活性化するのかを調べる。次にその嗅皮質領野を光遺伝学の手法を用いてその活性を操作した場合、行動・情動出力にどの様な影響が出るのかを解析する。2)嗅球の機能ドメインと嗅皮質を結ぶ神経配線 : 当グループでは最近、嗅球腹側末端に集められた誘引的社会行動の情報が、単一の軸索ガイダンス分子、Nrp2によって扁桃体MeAの前方部に送られる事を見出している。興味深い事に、このNrp2を、胎仔の嗅球で強制発現させると、既に別の嗅皮質領野に配線する事になっていた二次神経をも、MeAへと誘導する。これらの観察は、嗅球の機能ドメイン毎に異なる軸索ガイダンス分子が割り当てられており、二次神経の軸索を対応する嗅皮質領野へと配線させている可能性を示している。当グループでは今後、嗅球と嗅皮質をつなぐ神経回路を各機能毎に解析し、二次神経を中心とした嗅覚神経配線の全貌を明らかにする。3)刷り込み記憶と臨界期 : Critical periodに於ける刷り込み記憶の例として、アヒルのヒナが孵化後、最初に見た動く物体を親として追尾する行動が広く知られている。しかしながら、刷り込み現象の分子レベルでの研究はこれまで殆どなされていない。当グループではマウス嗅覚系を用いて、この臨界期に生じる刷り込み記憶が、Sema7Aのシグナルによって誘導される事を、loss-of-functionとgain-of-functionの実験で明らかにした。当グループでは今後、刷り込み記憶によって、神経回路が可塑的かつ不可逆的にどう修飾を受けるのかについて、扁桃体のMeAとCoA領域に焦点を当てて研究を進める。これら臨界期の外界からの感覚入力は、成長後の社会行動への影響が大きく、その入力阻害や異常入力は、精神発達障害の原因となる事が予想される為、ヒトの神経疾患の研究にも有用な情報をもたらす事が期待される。
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