研究課題
シアノバクテリアの3つのKai蛋白質はATPとともに混合するだけで安定した24時間周期の概日リズムを示す。その振動の周期や温度補償性は2つのATPaseから構成されるKaiCが規定している。本研究ではタンパク質に埋め込まれた概日時計の最終的理解を得るため、突然変異体を利用したKaiCの生化学的解析と構造生物学的解析を行い、以下の4点を目的としている。(1) このタンパク質に潜む、安定した概日振動発生機構を解明すること。(2) 生命がいかにして24時間という地球の自転周期をタンパク質分子内に記憶したかをタンパク質構造をもとに理解すること。(3) 細胞内でどのように多くの生理機能の時間的統合が実現されているかを、6量体の機能として解明すること。(4) 真核生物で同様の可能性をさぐること。27年度は極めて弱いKaiCのATPaseをできるだけ高い時間分解能で測定し、CIとCIIのATPase活性を分別する可能性のある測定精度を得た。さらに温度などの測定条件を再現性よく行う装置も開発し、この方法を多数の周期変異体、CIとCIIの相関を司る脱進器機構の変異体、およびリン酸化サイクルの変異体に適用し、KaiCタンパク質による時計機構のモデルを提案した。さらに、CIIドメインのATPase活性が脱リン酸化反応を進めるための重要な素反応であることを示した。また、KaiC単独のATPase活性が減衰振動を示すことを見出し、その解析から振動成分の固有振動数が野生型で0.91/日と見積もられた。KaiCの周期変異体を用いて研究を行ったところ、KaiCの固有振動数がKaiAとKaiB共存下のリン酸化リズムや転写翻訳リズムの振動数と良い一致を見せることを見出した。
2: おおむね順調に進展している
1日に10~20個のATPという極めて弱い低いKaiCのATPase活性はKaiCが時計機構の中核であることと不可分であると考えられるが、その機能の解析には温度変化や基質の投与などへの応答を詳細に調査することが不可欠である。またKaiCは時定数を規定するCIとリン酸化サイクルを行うCIIからなっており、それぞれが異なった動きを示す。さらにこの2つの活性は相互に作用し計時機能を実現しており、その機能の検定には本来の動作を保証した条件で、温度など変更に伴う変動を追跡する必要がある。そこで高性能液体クロマトグラフ(UPLC)を細心の注意で自動運転し、活性を追跡することでKaiCの2つのATPase活性の分別測定への道を開いた。この技術的改良により、2つのATPaseのカップリングの解明に道が拓け、我々が提案したモデルの検証が可能となった。一方、KaiCの固有振動数と密接に関係しているATPase活性の制御機構を調べるため、KaiCのN末端ドメイン(CI)のX線結晶構造解析に取り組んだ。野生型に加えて周期変異体を含めた計9個の構造解析を従来よりも高分解能で行ったところ、「遅さの根源となる局所構造」や「温度補償を実現する分子構造の対称性破れ」等これまで見落とされていた重要な点を幾つか発見した。なかでもKaiCのATP加水分解反応は主鎖のシス/トランス異性化反応と共役しており、絶対的な反応の遅さを生み出している構造要因の一つであることが示された。真核生物の概日時計については平成24、25年度のスクリーニングに加え、タンパク質構造を予測して候補を選び、ATPase活性を指標としたスクリーニングを行った。これまでのところ、真核生物の表現系に影響を及ぼすクローンは得られていない。これらの成果は本研究の主要な2つの目的に対し大きな進展をもたらしたものであり、研究は順調に進展していると考えられる。
今後は27年度の成果をさらに進展させ、概日時計の最終解答を得るべき以下の研究を計画している。(1) これまでの研究からKaiC ATPaseが機械時計のようにペースメーカーとリン酸化リズムドライバーおよび脱進器機構により構成されているとする仮説を示すデータを得ることができた。今後はATPase活性の生化学的解析にKaiC変異体を積極的に活用し、このモデルの検証を進める。このために、27年度に開発したKaiCの2つのATPaseの分別定量を進め、さらにCCDカメラを利用したスクリーニングで作用機構の変異体を利用して、解析を行う。(2) 一方、24時間を記憶する原子レベルにメカニズムを解明するため、光プローブの導入位置が異なる複数のKaiC変異体について、高感度蛍光計測システムを用いた評価を進める。N末端ドメインにプローブを導入したKaiC変異体を中心に、プローブ位置、蛍光強度の概日揺らぎ幅、我々がデータベースに登録した9個の高分解能結晶構造、これら3者の対応関係を精査することにより、周期の決定を担うN末端ドメインの動的構造解析へと発展させる。またこれを足がかりに、温度補償性をも含めた概日時計の特徴を担う全長KaiCの構造解析に力を注ぐ。(3) 細胞内におけるKaiC分子時計の機能を明らかにするため、KaiC時計で見出した6量体間での同期機構についてさらに解析を進る。6量体としての同期機構の解明は細胞内機能解明のみならず基本計時機構の解明としても重要である。(4) 真核生物の時計についても引き続き探索を続けたい。方針については、様々なインフォマティクスの専門家との検討も更に進めたい。スクリーニング条件、あるいは複数の遺伝子のヘテロ複合体が関与する場合はさらに複雑な検討が必要である。また、哺乳類の概日時計研究者と共同研究を進め、真核生物での検定を進める予定である。
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Spring-8 Research Frontiers 2015
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