研究課題/領域番号 |
24000018
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
沈 建仁 岡山大学, 自然科学研究科, 教授 (60261161)
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研究分担者 |
野口 巧 名古屋大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (60241246)
山口 兆 大阪大学, 産業科学研究所, 名誉教授 (80029537)
庄司 光男 筑波大学, 数理物理科学研究科(系), 助教 (00593550)
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研究期間 (年度) |
2013 – 2016
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キーワード | 光合成 / 水分解 / 酸素発生 / 結晶構造解析 / フーリエ変換赤外分光法 / プロトン移動 / 水素結合ネットワーク / QM/MM |
研究実績の概要 |
1. 水分解反応の中間体構造を解析するため、大型PSII結晶を用いて低温で連続光照射により中間体を作成し、X線構造解析を行ったが、顕著な構造変化は見られなかった。このため、結晶のサイズを小さくし、室温における閃光照射により中間体を作成し、X線回折データを収集した。通常の条件下で作成した小型結晶は分解能が著しく低下したため、析出条件を最適化し、2.5Å以上の分解能が得られる小型結晶の最適条件を確立した。 2. 共同研究により、PSIIのMn_4CaO_5クラスターに近いモデル化合物の合成に成功した。さらにこのモデル化合物の理論解析を行い、Mn3とMn4を結ぶオキソ原子のうち、欠けている04を導入(構造最適化)することで、Mn1-Mn4距離が広がり、天然系に近い構造になることを示した。そのため、04の存在が天然系の特徴的構造(壊れた椅子型構造)を形作る重要な因子であることを示した。 3. PSIIと並んで高効率に光エネルギーを吸収・変換している光化学系I (PSI)について、高等植物のPSIコアと集光性アンテナIからなる超分子複合体の結晶化に成功し、その構造を2.8Åで解析した。 4. フリーエ変換赤外分光法(FTIR)と量子化学計算を用い、水分解系のMn_4CaO_5クラスター近傍に存在する水分子ネットワークの役割について調べ、Ca近傍の水ネットワークがプロトン放出および基質水分子の取り込みに重要な役割を果たしていることを示した。また、チロシンY_ZとY_Dの光酸化に伴うプロトン放出反応を調べ、プロトン移動距離の顕著な違いが反応速度の大きな違いを生じ、水分解反応の高い量子効率が実現することを示した。 5. PSIIの末端キノン電子受容体Q_Bの酸化還元電位を、FTIR分光電気化学計測を用いて初めて測定し、Mn_4CaO_5クラスターが不活性化した際のPSIIの光保護機構を解明した。 6. Y_Zを含むQM領域を持つQM/MMモデルを用いてS2->S3遷移について理論解析を行った。S2->S3遷移でCaに配位する水(W3)がMn(III)サイトに移動する2つの経路(L, R反応)のうち、Mn4サイトに水分子が入るL反応機構はMn1サイトに入るR反応機構より進みやすいことを示した。さらに理論解析によりS3状態は多くの構造を取りうる事を示し、PSIIでの反応が極めて複雑かつ柔軟に変化しうる事を示唆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
水分解反応の機構を解明するため、その中間体の構造を解析することは不可欠であるが、これまで多くの研究者が試みてきたにもかかわらず、中間体の構造は依然不明である。当グループも従来用いてきた、高分解能を与えるPSII結晶を用いて、低温(200-240K)における連続光照射により中間体の作製・構造解析を試みたが、明らかな構造変化は見られなかった。中間体の生成効率が十分高くなるためには、小さい結晶を用いる必要があったが、結晶のサイズが小さくなると、十分な分解能が得られなかった。そのため、結晶化条件の再スクリーニング・最適化を行い、100μm以下のサイズで分解能2.5Åを超える回折データを収集する条件を確立し、X線自由電子レーザー及び放射光X線の両方を用いた水分解反応中間体の構造解析のための方法・条件を確立した。また、水分解系に存在する水分子ネットワークの機能を実験・理論の両面から明らかにすることができ、水分解反応の機構解明に一歩近づいた。さらにスーパーコンピューター(K-Computer, T2Kシリーズ)で大規模QM/MM計算を行う上で極めて重要になる方法(効率的電子密度生成方法)を考案し、プログラムを完成させたことで大規模計算の利用が容易になった。 特に予想以上に進展したのは、PSIIのMn_4CaO_5に極めて近いモデル化合物の合成に成功し、理論解析によりモデル化合物では欠けている04原子が重要であることを示した。さらに高等植物由来のPSI-LHCI超分子複合体の構造を世界最高分解能で解析し、光合成における光エネルギーの高効率伝達・変換のメカニズムに重要な知見を持たらした。
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今後の研究の推進方策 |
放射光X線及びX線自由電子レーザー(XFEL)の両方を用いて、水分解反応の中間体構造を解析し、反応に伴う構造変化を明らかにし、反応機構を解明する。そのため、すでに確立された、小型PSII結晶を用いて、室温で1閃光、2閃光を照射し、S_2, もしくはS_3中間体を作成し、放射光X線の場合は直ちに100Kに冷却することで各中間体をトラップして、fixed-target crystallogrphy法でX線回折データデータを収集し、構造解析を行う。すなわち、低温で固定した多数の小型結晶をX線でスキャンしながら回折イメージを収集し、構造解析を行い、光未照射の結晶から収集したデータとの差フーリエマップから構造変化を明らかにする。また、XFELの場合はserial femtosecond crystallography法を用いて、室温で結晶を流しながら、1、もしくは2閃光照射後、直ちにXFELのパルスX線で回折イメージを収集し、光未照射の結晶からの回折データとの差フーリエマップにより構造変化を明らかにする。このように2通りの方法から解析される反応中間体の構造を比較し、反応に伴う構造変化を明らかにする。同時に、PSIIの結晶を用いて、水分解反応の中間状態サイクルを赤外分光法を用いて調べ、結晶中と溶液中とで反応・構造に変化があるかどうかを調べる。また、時間分解赤外法を用いて、水分解機構の鍵となるS_2-S_3遷移を解析し、そのプロトン・電子移動過程や基質水分子の取り込み過程を詳細に調べる。 これまでの量子古典混合計算(QM/MM)法を用いた解析から提案された水分解反応の機構よりも実際は極めて複雑な過程を経ていることが実験的に明らかになってきており、計算モデル(QM領域)、構造サンプリング(時間発展を含む)、計算手法(密度汎関数法)に由来する限界が現れたため、京コンピュータを利用した大規模QM(/MM)計算の実施、構造サンプリング解析(時間発展を含む)、DMRG(密度行列繰り込み群)法の利用を進め、これらの諸問題を1つずつ解決する。具体的には(1)YZの長時間ラジカル状態とプロトン移動と各S状態遷移におけるPCETと関係、(2)S4状態での酸素発生過程の反応機構、(3)プロトン移動経路の特定、を進める。また、本研究を進める上で必要な理論方法・アルゴリズムを考案し、本研究課題遂行を加速し、効率的かつ普遍的に適用できる実用的な新しい理論計算方法を開発する。
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