研究課題
本年度は、まずChR2を用いた光遺伝学の技術基盤開発として、カラム特異的遺伝子発現が可能であること、更にRNAi との併用が可能であることを実証した(Tsubota et al., 2015)。神経可塑性において重要なcofilin1分子をターゲットとして、その機能を単一の大脳体性感覚野カラムにおいて阻害し、II/III層錐体細胞におけるcofilin1の機能が径カラム入力による経験依存的可塑性に必要であることを証明した。サル大脳ネットワークダイナミクスのfMRI計測でも、多くの成果が得られた。サル大脳ネットワークおよび行動結果に対して、特定の大脳領域の機能障害がどのように影響を与えるかを解明した(Osada et al. , 2015)。新近性課題(Recency task)をサルに遂行させ、fMRIによって脳活動領域を同定し、特定の活動領域の機能障害をSVM法により解析した結果、大脳ネットワークにおける各領野のbetweenness centrality値(当該ネットワークにおいて、その領域がハブとしての性格をどの程度持っているかを定量的にあらわす値。ネットワーク理論での標準的指標)が、当該領域が傷害された場合に引き起こされる行動障害の程度と相関することを見出した。この結果は、サル大脳ネットワークへの擾乱ダイナミクスをfMRI計測によって解明するとの本研究目的に、直接的回答を与える成果であると評価している。
1: 当初の計画以上に進展している
現在までに、「優れた基礎研究としての成果」の観点からも「科学技術イノベーションに大きく寄与する成果」の観点からも、十分な成果が上がっている(Hirabayashi et al. Science, 2013; Miyamoto et al. Neuron, 2013; Hirabayashi et al. Neuron, 2013; Tsubota et al. PLoS Biol., 2015; Osada et al. PLoS Biol., 2015; Takeda et al. Neuron, 2015 等)。これらの成果は、当初目標を超える進展であり、今後も予定以上の成果が見込まれる。ウィルス投与による大脳皮質組織障害、ことにラットにおける結果からは予想できなかった霊長類に固有の組織脆弱性に由来する組織障害の問題によって、一部の実験は試行錯誤を余儀無くされたが、現段階でこれらの組織障害の問題はすでに克服されており、本研究を実施する上での最大の技術的課題は克服されつつあるものと考えられる。このことからも、今後は予定以上の成果が見込まれると考えている。
新近性課題を用いて、サル大脳ネットワークおよび行動結果に対して、特定の大脳領域の機能障害がどのように影響を与えるかについてのfMRI解析はほぼ完了した。この研究では、局所擾乱の影響は大域ネットワーク構造には及ばない、として解析した。第一次近似としては正しいが、局所擾乱の影響が大域ネットワーク、ことにそのmodule構造に与える影響を解析することも重要であるので、その点を引き続き詰める計画である。上記のように、記憶課題遂行中のサル大脳ネットワーク擾乱ダイナミクス解析の準備はほぼ整っている。残る技術的問題としては、サル大脳の場合、光遺伝学的擾乱をかなり広い皮質領域に加える必要がある、ことが挙げられる。必要領域面積は、当該認知課題及び対象とする大脳領域によって異なることが想定されるが、マウスやラットより100倍近い面積(一辺10mm程度)への擾乱が必要とされることが予想される。このような広域への光遺伝学的擾乱はまだ試みられたことが無く、先行報告もない。現在、特殊な並列光ファイバー型側面発光optorodeを開発中である。また、この並列光ファイバー群を同時照射する為に、高出力6Wレーザーを使用する計画を進めている(従来は100mW程度)。もうひとつ重要な点として、サル行動課題のうち、再認課題はconfidenceを評価するメタ認知課題へと発展させることが可能であるとの予備的知見を得ている。もしメタ認知課題における擾乱実験が実現すれば大きなインパクトを持つが、予備実験の示すところでは、この課題では複数の大脳領域が相補的役割を果たすことが重要であり、擾乱法としてどのようなアプローチが最適か検討が必要である。本研究の残り2年の間に結果を得ることができる見込みであり、現在これらの実験全てが進行中である。
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