研究実績の概要 |
本年度は、まず神経回路特異的に遺伝子操作を行う技術基盤として、神経経路特異的に3種類以上の遺伝子導入を行う方法の開発に成功した (Matsuyama et al., 2015)。この研究では、鶏肉腫白血病ウイルスavian sarcoma leukosis virus (ASLV) の宿主特異性に基づいて、ASLVの複数のエンベロープと複数の受容体から、互いに特異性が直交する組み合わせを構成して、それが実際に視床-皮質回路において発現特異性を示すことを証明した。即ち、ASLVエンベロープ (EnvA, EnvB, EnvC, EnvE) と受容体 (TVA950, TVBS3, TVC, TVBT, DR-46TVB) の全ての組み合わせからin vitroスクリーニングによって候補を絞込み、in vivo発現テストによって最終的にTVA-EnvA, TVBS3-EnvB, DR-46TVB-EnvEの組み合わせが、2.5%以下のcross-reactivityで、哺乳類大脳でも発現特異性を示すことを証明した。また実際のサル大脳ネットワークおよび行動レベルで、特定の大脳領域の機能障害がこれらに与える影響を予測する技法を開発した(Osada et al., 2015)。更に、記憶の想起を支える大脳ネットワークの動作原理を、領域間信号と皮質層間信号を同時に記録・解析する手法により明らかにした(Takeda et al., 2015)。この研究では、複数の記録チャンネルを持つ電極を使用して側頭葉の皮質層間の信号を記録する新しい方法を導入して、皮質層間にまたがる神経回路がトップダウン信号によって活性化されることが重要であることを示した。これらの結果は、サル大脳ネットワークの大域構造を解明する本研究目的の推進に大きく貢献する成果であると評価している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
現在までに、「優れた基礎研究としての成果」の観点からも「科学技術イノベーションに大きく寄与する成果」の観点からも、十分な成果が上がっている(Hirabayashi et al. Science,2013; Miyamoto et al. Neuron,2013; Hiyabayashi et al. Neuron,2013; Tsubota et al. PLoS Biol.,2015; Osada et al. PLoS Biol. 2015; Matsuyama et al., PNAS 2015, Takeda et al. Neuron,2015等) 。これらの成果は、当初目標を超える進展であり、今後も予定以上の成果が見込まれる。 ウィルス投与によるサル大脳皮質組織障害、ことにラットにおける結果からは予想できなかった霊長類に固有の組織脆弱性に由来する組織障害の問題によって、一部の実験は試行錯誤を余儀無くされたが、これらの組織障害の問題はすでに克服された。現在、当初計画どおり、サル大脳における光遺伝学的擾乱の行動レベルへのインパクトについて研究が進んでおり、今後も予定以上の成果が見込まれると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
1.メタ記憶課題遂行中のサル大脳ネットワークの機能抑制擾乱ダイナミクスの解析: 再認記憶課題を用いたサル内側側頭葉-大脳ネットワーク計測の成功(Miyamoto et al., 2014)を基礎に、再認の成功・不成功に関する自己の確信度を判断する課題(メタ記憶課題)のfMRI計測およびそれに引き続く機能抑制行動計測実験を進めている。早期に論文として投稿する予定である。 2.サル大脳への神経回路特異的な光遺伝学的介入法の確立: サル大脳への遺伝子導入・光照射によって興奮性の介入を行う方法の開発は完了した(3.参照)。抑制性の介入を行う為に、ArchTを発現させる方法の開発も完了した(4.参照)。現在、大脳皮質に発現させたArchTによって広領域の大脳皮質活動を抑制する為に、532nmレーザー(グリーン)と594nmレーザー(オレンジ)の機能比較を行っている。ArchT分子に対する抑制作用自体は532nmの方が強いが、大脳皮質中における光学的減衰は594nmの方が少ないと思われるので、最終的にどちらがより有効か、定量計測実験によって検討中である。 3.再認記憶課題遂行中のサル大脳ネットワークへの興奮性光遺伝学的擾乱のインパクト解析: 再認課題においてChR2による興奮性光刺激が特異的に行動に対するインパクトを与えることを見出し、現在解析中である。早期にデータ取得を完了し、論文として投稿する。 4.親近性記憶課題遂行中のサル大脳ネットワークへの抑制性光遺伝学的擾乱のインパクト解析: 親近性記憶課題(Osada et al., 2015)においてArchTによる抑制性光刺激が特異的に行動に対するインパクトを与えるかどうか検討をすすめる。 これらの成果を総合して、当初目標の実現・まとめを推進する計画である。
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