研究課題
1. スズメ亜目(Passeriform、ソングバード)に属する鳥類は、複数の音素(シラブル)を一種の文法規則に従って構成する複雑な音声パターンを後天的に学習する。このような時系列情報を伴う音声パターンの学習に関与するシグナル伝達を明らかにするために、神経活動依存的な転写因子CREBに注目し、分子遺伝学的手法によりソングバード生体のCREB転写活性の操作することに成功した。H26年度にひきつづき、本トランスジェニックソングバードを中心に音声学習におけるCREBの役割を解析した。その結果、CREB転写活性を抑制したトランスジェニック個体群では、先天的に決まっている音声(call; 地鳴き)に関しては、野生型と差異を認めないが、後天的に獲得する音声(song; 囀り)の発達は障害された。音声学習には聴覚系が重要であるが、聴力に関して、トランスジェニック個体群と野生型間で差異を認めなかった。音声制御系神経回路でCREBが活性化されることが、その機能的成熟に必要であると考えられた。本研究成果についてPNAS誌に発表した(Abe et al., PNAS 2015)。2. ソングバードの分子遺伝学的技術を確立したことにより、従来は困難であった音声のように複雑かつ正確な時系列情報制御を必要とするスキルの獲得・制御に関する神経科学研究は一層加速すると期待される。本技術は、上記1のように音声学習における神経可塑性関連分子の役割を検証するためのみならず、GCaMPのようなCa2+指示タンパク質やFRETバイオセンサーを発現させることで、神経活動や細胞内シグナル動態の研究にも役立つ。本年度はCREB活性化にいたる細胞内シグナル伝達に注目して、イメージング用プローブの開発、条件検討を行った。
1: 当初の計画以上に進展している
ソングバードの分子遺伝学的手法を確立することにより、今後ソングバードの音声学習プロセスについて分子レベルの研究が加速すると期待できる。またCREB活性化のシグナル伝達経路に注目し、音声制御系でのその細胞内シグナル動態解析として、自由行動下でのイメージング技術の整備をすすめることができた。鳥類の音声制御系と相同な回路構築をもつ哺乳類(マウス)の大脳-基底核回路に対して、CREB活性化関連シグナル伝達について、イメージング用プローブを使って長時間安定してイメージング計測可能であることが確認できた。音声学習は行動学的には2つのステージに分類される数週間以上のプロセスであること、またその学習プロセスが概日リズムと密接に関係していることが指摘されている。従来の電気生理学的計測では同一細胞から数時間以上安定して記録をとることは困難であり、学習中の神経活動やその可塑性の動態を長期的に研究することは不可能であった。このように長期にわたり神経機能計測が可能となったことで、音声学習の神経基盤について急速に研究が進むと期待できる。
CREB関連シグナル、さらにCREB以外の神経活動依存的転写因子に注目して、分子生物学、イメージング等の技術を駆使して音声制御系神経回路の機能的成熟の研究を進める。本研究で開発したイメージング関連技術は、マウスの行動解析にも有用である。マウスにプッシュ&プルなど複雑な時系列情報処理を必要とするレバー操作を学習させて、イメージングによる計測を進めていく。聴覚系神経回路には周波数特性に従う細胞配列(tonotopy)が存在するが、このtonotopy形成に関与する転写因子、分泌タンパク質を同定することができた。この成果について論文投稿するとともに、tonotopyに特徴付けられる聴覚系回路から複雑な時系列配列パターンをもった音声情報が抽出される神経回路機構の研究をすすめる。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.
巻: 112 ページ: 7599-7604
10.1073/pnas.1413484112
Neuroscience
巻: 308 ページ: 115-124
10.1016/j.neuroscience.2015.09.014