研究課題/領域番号 |
24220010
|
研究機関 | 基礎生物学研究所 |
研究代表者 |
野田 昌晴 基礎生物学研究所, 統合神経生物学研究部門, 教授 (60172798)
|
研究期間 (年度) |
2012-05-31 – 2017-03-31
|
キーワード | 神経科学 / 脳・神経 / 体液恒常性 / イオンチャンネル / シグナル伝達 |
研究実績の概要 |
1. 水分と塩分の摂取行動がアンジオテンシンII(AngII)によって制御される神経機構の解明:AngII受容体(AT1a)の遺伝子を部位特異的に欠損したマウスを作成し、終板脈管器官(OVLT)のAT1aが水の欲求に、脳弓下器官(SFO)のAT1aが塩と水の両方の欲求に関与することを見出した。SFOのAT1a発現ニューロンに着目し、その投射先と機能の関係をオプトジェネティクス(神経活動の光操作技術)を用いて解析した結果、SFOからOVLTに投射するニューロンが水欲求を、分界条床核腹側部(vBNST)に投射するニューロンが塩欲求を担っていることが明らかになった。それぞれを水ニューロン、塩ニューロンと命名した。 2. TRPV4とNaxによる飲水行動制御の神経機構の解明: TRPV4とNaxが高張食塩水注入によって誘発される飲水行動に関与するメカニズムについて解析を行った。エポキシエイコサトリエン酸(EET)のアラキドン酸(AA)からの合成を阻害するミコナゾールを投与したところ、飲水量がTRPV4-KOマウスと同レベルにまで減少した。さらに、Nax-KOマウスの脳室に高張食塩水と共に5,6-EETやAAを投与すると、Nax-KOマウスにおいて減少していた飲水量が野生型マウスのレベルまで回復した。以上より、TRPV4はNaxの下流でEETを介して活性化し、飲水行動に関与していることが明らかになった。 3. 感覚性脳室周囲器官に特異的に発現する分子の機能解析: RNA-seqによって見出したSFOやOVLTに特異的に発現する分子を株化細胞に発現し、高張Na+刺激に応答する分子を見出した。これらが飲水行動に関与するか調べるため、in vivoにおいて人工マイクロRNAによる遺伝子ノックダウンを行うためのアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターを作成した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
我々は当初の計画に従い、塩分摂取行動の制御におけるAngIIの作用機構について解析を行ってきたが、思いがけず、塩分に加えて水分摂取行動の制御機構についても明らかにすることに成功した。1970年代にAngIIを脳内に投与すると水分や塩分摂取が誘発されることが示されて以来、そのメカニズムの解明が俟たれていた。特に、AngIIのシグナルが水と塩の制御回路に振り分けられ、それぞれが独立に制御される仕組みは謎であった。今年度(28年度)、我々は、水と塩の制御を担うニューロンが別々の神経核に投射していることを明らかにし、水ニューロン、塩ニューロンと命名した。これにより、長年の謎を解明する糸口が見えてきた。 さらに、TRPV4が飲水行動制御に関わる機構も予想外の発見であった。TRPV4は2000年にLiedtkeらによって報告されて以降、15年以上にわたり飲水行動の制御に関わる浸透圧センサーであると信じられてきた分子である。我々も、その仮説に従って解析を進めてきたが、まったく予想外のことに、TRPV4は浸透圧センサーではなく、内在性の活性化物質であるEETによって活性化され、それによって飲水行動が誘発されていることが明らかになった。さらに驚いたことに、TRPV4を活性化するEETは我々が解析を進めてきたNa+センサーであるNaxの活性化によって産生されていることが示唆された。我々は、前年度(27年度)までに、従来浸透圧センサーとして飲水行動制御に関わっていると広く信じられていたTRPV1が飲水行動の制御に関与していないことを明らかにしている。今回の成果は、これに加えて従来の常識を覆す成果として、飲水行動の制御機構の解明に大きく貢献するものである。
|
今後の研究の推進方策 |
1. 水分、塩分摂取行動の制御機構に関する解析:行動解析から、脱水や塩欠乏など、個体の体液状態に応じて、水欲求と塩欲求が変化することがわかっている。しかし、その脳内メカニズムは不明のままである。これまでの知見から、脱水時にはSFOでNaxが活性化して塩分欲求が抑制されることがわかっている。そこで、AT1aを介したAngIIシグナルとNaxの機能的関係を解析するために、両者のダブルノックアウトマウスを作成し、脱水時や塩欠乏時の塩分摂取行動を解析する。 さらに、27年度に同定した水ニューロンと塩ニューロンが、体液状態に応じて異なる制御を受けている可能性を検討するため、脳スライスを用いた電気生理学的解析を行う。その結果を個体レベルで検証するため、オプトジェネティクスを用いた行動解析も実施する。 2. TRPV4とNaxによる飲水行動制御のメカニズム解明:これまでに得られた知見を整理し、論文にまとめる。さらに、野生型マウスとNax-KOマウスにおいてEETの定量をすることでNaxの活性化によるEETの産生を検証する。 3. 感覚性脳室周囲器官に特異的に発現する分子の機能解析:RNA-seqによって見出したSFOやOVLTに特異的に発現する分子の中で、in vitroの解析で高張Na+刺激に対する応答性が確認された分子について、飲水行動の制御に関与しているか個体行動レベルでの検証を進める。27年度に作成した遺伝子ノックダウン用のアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターを野生型マウスの感覚性脳室周囲器官に投与し、各候補分子の発現を部位特異的に抑制したマウスを作成する。これらのマウスの飲水行動を解析する。
|