研究課題
ダイオキシン (2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin; TCDD)の妊娠期曝露による児の性未成熟の機構に関して、格段の研究進展が実現できた。これまでの我々の研究によって、TCDDの母体曝露は周産期の黄体形成ホルモン (luteinizing hormone; LH)の低下を介して、成長後にまで継続する性未成熟を惹起することを見出していた。しかし、一過性のLH低下が何故、交尾不全をもたらすかは全く不明であった。本年度はこの課題を解決し、周産期の一過性のLH低下はgonadotropin-releasing hormone (GnRH)の低水準を固着させ、これが交尾不全の直接的原因であることを証明した。また、TCDDは周産期の児のgrowth hormone (GH)を低下させ、これによって身体の成長を抑制することを見いだしていたが、この機構はエピジェネティック制御の変動を介して生起するLH低下と異なり、GH産生細胞の分化・増殖が抑制されるためであることを突き止めた。TCDD以外の内分泌かく乱物質については、低濃度 (0.01および0.1 ppm) のCdCl2含有水を妊娠ラットに慢性的に飲水させると、胎児精巣のステロイドホルモン合成の律速過程に関わるsteroidogenic acute-regulatory protein (StAR)の発現が抑制されることを見いだした。低濃度CdCl2による性腺機能障害は、新規に発見されたものである。我々はTCDD 曝露妊娠ラットから出生した児における死亡率増加や成長遅滞が、胎児・新生児側のgrowth hormone (GH)の低下、並びに育児母のprolactin (PRL)の低下に起因する可能性を提唱している。里親実験により、PRL抑制はTCDDの母への直接的影響であることを明らかにした。また、TCDD曝露母から出生した雌児では低PRL体質が固着してしまうことを最近になって発見した。これらの成績は、近年のヒト社会における育児放棄や児童虐待と関連させて興味深く、環境汚染物質が次世代の健全性を障害する可能性を暗示している。
2: おおむね順調に進展している
予定した研究は、進捗に差はあるものの順調に進展している。以下に計画した4課題ごとの達成度を自己評価する。課題1 TCDDによる胎児・脳下垂体ゴナドトロピン低下の機構:妊娠期のTCDD曝露が児のLH抑制を通して性未成熟を惹起する機構として、視床下部のリポ酸低下に基づくエネルギー生産停滞を推定している。リポ酸の低下は、合成/分解酵素の発現変動では説明できないことを見いだしている。TCDD曝露児の身体成長遅滞や成熟後の中枢機能障害にはGHの低下も大きな寄与を果たすことを明らかにした。LH抑制がエピジェネティック制御の変動で生起するのに対し、GHの場合は生産細胞(somatotrope)の分化・増殖の抑制であることも実証した。課題2 TCDDによる性未成熟インプリンティングの機構解析:本課題は難渋を予想したが、画期的な知見を得ることができた。TCDD依存的な臨界期の一過性のLH低下により成長後にも発現以上が回復しない遺伝子の同定を進め、その中から性未成熟(交尾不全)を規定する遺伝子としてGnRHを見いだした。課題3 胎児・脳下垂体低下作用を有する内分泌かく乱物質のin vivoスクリーニング:TCDDと同様の機構で発生と分化に影響するものは見い出せなかったが、末梢ステロイド合成系を障害するものは散見された。妊娠期間全域に渡るCdCl2の慢性的飲水投与はかなりの低濃度で胎児・性ステロイド合成を抑制することを発見した。課題4 TCDDによる脳下垂体ホルモン障害と母性・育児能力低下、並びにその機構:妊娠ラットへのTCDD曝露による育児母、並びに出生雌児への障害性については、1)PRL低下に基づく母ラットの育児能力低下、および2)出生雌児の低PRL体質固着との重大な障害を発見した。1)の機構では、児の成長遅滞や死亡が起こるほか、成長後の種々の形質も不十分となることを見いだしつつある。
課題1~4は、今後は下記の方針に従って進める。課題1については、TCDDによる胎児・新生児のLH抑制は、先に述べた通り、リポ酸水準の低下によって惹起されると推定している。今後の課題はリポ酸が抑制される機構とその起点となる因子の同定にある。リポ酸合成酵素の発現量そのものは変わらないことを確認しているので、発現後修飾(リン酸化)の変動により酵素機能が低下する可能性等を想定して解析を進める。GHの低下については、産生細胞の減少によることを最近に発見したが、これが分化抑制と増殖抑制のどちらに起因するかはまだ不明で、今後はこの問題の解決にも努力を傾注する。課題2では、GnRH低下をもたらす要因の解析に取りかかる。本ホルモン作動神経の未成熟と視床下部から脳下垂体への伸展不足ためと推定しており、TCDD曝露母の胎児と出生児の脳切片を免疫組織学的に解析する。課題3に関しては、多くの内分泌かく乱物質では慢性的反復投与による検討が必要であることが判明したので、今後はこの処理方法に改めて、再解析を実施する。妊娠ラットへの反復投与によって、胎児・性腺ステロイド合成がかなりの低用量で障害されるケースが見いだされてきた。これは環境毒性学上、貴重な新発見であり、より詳細な機構解析に移行するとともに、検討物質数も可及的に増加させて研究を展開する。課題4については、TCDDによる母ラットの育児能力低下は先駆的発見であり、この研究成果は今後のダイオキシン問題の正確な理解や対策構築に必須の知見となるものと確信する。また、TCDD曝露母から出生した雌児において、低PRL体質が固着するとの発見は、健全形質を次世代に伝承する上において極めて重大な欠陥となり得る。これまでの研究では、これらの毒性学的検討を中心に行ってきたが、今後はPRL抑制、あるいはその次世代への伝承の機構を精密に解析する。
すべて 2015 2014 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 謝辞記載あり 5件) 学会発表 (17件) (うち招待講演 5件) 備考 (1件)
Toxicol. Appl. Pharmacol.
巻: 281 ページ: 48-57
10.1016/j.taap.2014.09.001
巻: 278 ページ: 220-229
10.1016/j.taap.2014.04.022
Endocrine
巻: 47 ページ: 572-580
10.1007/s12020-014-0257-3
Mol. Pharmacol.
巻: 85 ページ: 74-82
10.1124/mol.113.088575
薬学雑誌
巻: 134 ページ: 529-535
http://eisei.phar.kyushu-u.ac.jp