研究課題/領域番号 |
24226003
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研究種目 |
基盤研究(S)
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
馬場 俊彦 横浜国立大学, 工学研究院, 教授 (50202271)
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研究分担者 |
西島 喜明 横浜国立大学, 工学研究院, 助教 (60581452)
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研究期間 (年度) |
2012-05-31 – 2017-03-31
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キーワード | バイオセンシング / バイオマーカー / フォトニック結晶 / ナノレーザ / ナノスロット |
研究概要 |
本年度は以下の三つの研究を行った. (1) 究極の光局在に関わる物理の探究:我々が開発したHI系ICPエッチングによるスロットは他の類似構造よりも圧倒的に狭く,光局在や光勾配力が強力である.そこでこれをナノレーザとは切り離し,単純なInP基板上に大量のナノスロットを形成することを考えた.ここでの光局在は通常の光伝搬よりも60倍以上も強く,しかも波長依存性がないこと,ナノスロット周辺では4000倍以上のラマン散乱が生じることが計算された.ラマン分光はナノスロットレーザのセンシング結果を検証する有力な手段なため,この計算結果は来年度以降の実験に向けた重要な知見といえる. (2) 表面・流体化学の探究:ナノレーザセンサは液中で利用するため,液中の酸や塩により結果が影響される.そこで本年度は,ナノレーザ表面に原子層堆積法(ALD)を用いて誘電体被膜を行った.SiO2,ZrO2,HfO2の被膜を試したところ,いずれもセンシングの安定化に有効なことがわかった.さらにSiO2に比べると他の二つではセンサ振幅が増大した.これは被膜の表面状態や誘電率がセンシングに関わっていることを示唆しており,本センシングの原理解明につながる重要な結果と考えられる. (3) バイオマーカーセンサの開発:大量のアルブミンを不純物として分散させた検体に微量のストレプトアビジンタンパク質を分散させ,ビオチンが固定されたナノレーザによる選択検出に挑戦した.約30個のセンサによる同時検出,統計分析の結果,ストレプトアビジンがないとき,およびビオチンがないときに比べて有意なセンシング信号が得られ,最小の検出濃度は100zMと極めて低く,不純物に対する選択比は10兆に及んだ.これは血中バイオマーカーを実際に検出できる能力に匹敵し,極めて有望な成果と考えられる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の三つの研究は当初計画されていたもので,そのいずれに対しても本研究の進展に必要な成果が得られた. (1)については,ナノスロットにおける光局在の物理探求を深化させることを目的としていた.本研究では特にラマン分光を採り上げ,ナノレーザによるセンシング結果を検証することが一つの重要な目標になっている.ラマン散乱の場合,励起光とラマン散乱光の両方に対して局在が起これば,その乗算によって増強度が決定される.理論計算では波長に依存することなく大きな増強が得られており,本研究の目的によく合致した結果といえる. (2)については,当初よりナノレーザの酸化やエッチングがセンサ信号を不安定にすることがわかっていた.しかしナノレーザ自体が複雑な構造をしているため,極薄かつ均一な被膜で安定化を図ることは困難と考えられた.しかしALDを利用することで極めて高い安定が得られ,本研究の目標が達成された.しかも誘電体の種類によってセンシング結果が大きく異なることがわかり,本センシングの原理を解明する上で極めて重要な事実が判明したといえる. (3)については本研究が目指すバイオマーカーセンサーの将来性を決める重要な実験であったが,目標とした性能が得られたことは今後にとって大きい.ここでビオチン-ストレプトアビジンは通常のバイオマーカーに比べて5桁程度の大きな親和定数をもつ.これを考慮すると,通常のバイオマーカーの検出限界は10fM程度となる.また血中の不純物はmMレベルであり,今回,実証したセンシングの不純物濃度より2桁高い.よって血を100倍以上に希釈してセンシングを行うことを想定すると,バイオマーカーの検出限界は1pMとなる.この値はいずれにしても目指すバイオマーカーセンサー性能の要求を満たしており,将来が有望な成果といえる.
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今後の研究の推進方策 |
(1)については高感度を有する赤外分光システムを構築し,ラマン分光を可能にする.その上でInP状にナノスロットアレイを構築し,微量な検体に対するラマン検出を試みる.ここでの検体としては,ラマン分光の標準試料としてしばしば用いられるビピリジルを用いる. (2)については本年度に実施してきた試験被膜を終了し,ALD装置を購入して,本格的な被膜実験を行う.被膜の表面を原子間力顕微鏡で分析し,被膜の種類によってセンシング性能が異なる原因が表面状態なのか,電気的な効果なのかを特定する.これにより,本センサの原理解明と高性能化を推進する. (3)については,二つの目標を掲げる.一つは当初から予定していたCRMP2の検出である.このタンパク質はアルツハイマー病や大腸癌のバイオマーカーとして期待されているが,現行のセンサーでは容易には検出できない.したがって,この検出を実現することは本研究全体にとって大きな成果になる.最初は水中に分散させて選択的な検出を目指し,これが実現できたら,血中に分散させての検出を試みる.もう一方は水中からエンドトキシンという毒素の成分を検出する試みである.これは人工透析などに用いられる水から完全に除去する必要があるが,簡便なセンシングが難しい対象物とされている.ペプチドをセンサ表面に修飾することで選択的な検出を行える可能性がある.当初の予定にはなかったものであるが,本センサの優位性が高いと考えられ,かつ成功すれば実用的にもインパクトが大きな手法になるため,次年度の研究に組み込む.
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