研究課題
神経伝達物質放出に必須なt-SNAREタンパク質であるSNAP-25は、プロテインキナーゼCによってSer187がリン酸化を受ける。このリン酸化の役割を明らかにするため、1アミノ酸変異であるS187A変異マウスを作成し、扁桃体でのドーパミンおよびセロトニン放出の低下と共に、新規環境下での自発運動の急速な低下や不安様行動などの行動異常、生後3週頃からの自発的てんかん発作の多発などのフェノタイプが現れることを明らかにしてきた。平成24年度では、変異マウスでみられる行動異常の原因を明らかにするため、D2/D3受容体アゴニストであるキンピロールの作用を検討した結果、新規環境下での自発運動の制御にD2/D3受容体を介したドーパミンの作用が関与していることを明らかにした。脳内でのSNAP-25のSer187のリン酸化は、マウスに急性ストレスを負荷すると著しく亢進する。ストレス反応におけるSNAP-25のリン酸化の役割を明らかにするため、SNAP-25変異マウスのストレス応答を調べたところ、平常時や急性拘束ストレスを加えた直後の血中コルチコステロン濃度には有意な差は認められなかったが、1日30分間の拘束ストレスを毎日加えた場合に見られる急性ストレス応答の減少が、SNAP-25変異マウスでは加速されていることが明らかとなった。てんかん発症の脳内機序を明らかにするため、てんかん発症前後のマウスの脳のイムノブロット解析を行い、てんかん発症後に発現分布に変化が見られるタンパク質と共に、発症前でも既に異常が生じているタンパク質を同定することに成功した。さらに慢性電極を用いて自由行動下での皮質と海馬の脳波の長期連続測定を行い、複数のパラメーターを用いることで、てんかん発作の発症や慢性化の経緯を定量的に記述することが可能となった。
2: おおむね順調に進展している
脳内でのSNAP-25のリン酸化を制御するシグナル機構については、これまでに脱リン酸化に関わるホスファターゼを特定することに成功しているが、リン酸化を引き起こす神経伝達物質やレセプターを特定するには至っていない。SNAP-25のリン酸化の役割については、細胞レベルではPKC依存的なドーパミン放出の促進に、行動レベルでは新規環境下での自発運動の制御に関わっていることを明らかにした。さらに変異マウスを用いた解析から、SNAP-25のリン酸化が慢性ストレスへの適応に関わっている可能性も明らかにすることが出来たが、その機序に関しては多くの問題が未解決のまま残されている。さらに不安様行動の発症機序についてはBDNFの関与の可能性を明らかにしたが、直接的な因果関係の解明には至っていない。SNAP-25変異マウスを用いて数週間にわたる脳波の連続測定を行うことで、てんかんの発症や進行過程を客観的に調べることが可能となった。さらに様々なパラメーターを設定することで、定量的な解析も可能になりつつある。しかし膨大なデーターを扱う必要性から、解析が進んだマウスは数匹に留まっており、解析結果の普遍性の検証は今後の課題として残されている。SNAP-25のリン酸化部位の変異によって、なぜてんかんが発症するかを明らかにするため、変異マウスで見られる脳構造や発現タンパク質の異常についての解析を行ってきた。しかし多くの変化はてんかん発作の多発に伴う副次的なものと考えざるを得ないが、今回てんかん発作以前に異常が生じている候補タンパク質の同定に成功したことによっててんかん発症機序の解明が進展する可能性が出てきた。
SNAP-25のリン酸化を制御するシグナル機構については、マウス脳から調整したシナプトゾームに様々なレセプターのアゴニストを作用させ、リン酸化の変化を定量的イムノブロット解析で明らかにする。関わる神経伝達物質やレセプターが特定できた場合は、アゴニストを作用させた場合にシナプトゾームからの神経伝達物質の放出が変化するか、マウスの行動に変化が生じるか、それらの変化が変異マウスを用いた場合には見られないかなどを検討していく。変異マウスで見られる慢性ストレス反応の異常については、様々な変化を加えた場合のCRFの発現に異常が見られるかを調べると共に、 in situハイブリダイゼーション法などを用いて、関連する脳内部位を特定していく。てんかんの発症機序については、24年度に特定した候補タンパク質の脳内局在の異常を免疫組織化学や免疫電顕法で解析していく。また変異マウスの脳の神経細胞を培養し、候補タンパク質の細胞内局在に異常が生じているかを調べる。脳波解析については、個体数を増やすと共に1月以上の長期測定も行い、てんかん化の推移を示すパラメーターの確立を目指す。さらに様々な抗てんかん薬を投与し、てんかん化にどのような影響を及ぼすかを定量的に解析する。
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