研究課題
PKCによるリン酸化部位を変異させたSNAP-25のノックインマウスの脳に慢性電極を装着し、21個体について最長62日間の皮質および海馬の脳波の連続測定を行った。SNAP-25ノックインマウスは生後23.1 ± 3.1日に全身痙攣発作を多発した。全身痙攣発作に先立って、けいれんを伴わない発作は発症しなかったが、皮質ではEthosuximideで抑制される欠伸発作様のスパイクバーストが多発しており、海馬では徐波睡眠期の脳波で3 Hz成分の割合が著しく増加していた。全身痙攣発作の多発は36.7 ± 22.8時間後に止まり、Latent periodに移行した。Latent periodの前期では皮質および海馬でスパイク発射が多発したが、徐々に減少していった。この時期には海馬で抑制のみが起こる抑制発作が見られることもあった。Latent periodの後期には皮質でスパイクバーストが起こるようになることもあったが、次の全身痙攣発作の発症との間に有意な相関は認められなかった。Latent periodが91.5 ± 28.5時間続いた後、再び全身痙攣発作が2年近い生涯に渉って周期的に多発するようになった。皮質でスパイク発射は全身痙攣発作が発症する日に限られるのに対し、海馬では全身痙攣発作の発症の有無にかかわらず、連日スパイクバーストが観察され、1日のうち海馬でスパイクバーストが起こる期間の割合は日齢が進むに従い長期化し、生後50日付近で約6割に達した。SNAP-25ノックインマウスは顕著な不安様行動を示すが、不安様行動の発症は先天的ではなく、全身痙攣発作の多発の結果、数日以内に脳内で引き起こされる何らかの変化に起因する2次的な表現系であると考えられた。以上の結果、SNAP-25のリン酸化部位が欠失すると皮質および海馬の脳波に異常が生じるような脳内変異が起こり、その結果引き起こされる全身痙攣発作の多発により脳のてんかん化や不安様行動の発症が引き起こされると結論された。
2: おおむね順調に進展している
SNAP-25のリン酸化部位のノックインマウスは不安様行動の発症やストレス環境への不適合性などの行動異常を示す。これまでに我々はSNAP-25のリン酸化がPKC依存的なドーパミン放出の制御に関わっていることを明らかにしたが、今年度我々は不安様行動の発症は遺伝子変異の直接的な結果ではなく、全身痙攣発作の多発によって引き起こされる二次的なものであることを明らかにした。全身痙攣発作が多発する前に生じている表現系がSNAP-25のリン酸化部位の欠失に起因する可能性が高いと考えられるが、生後20週齢以前のSNAP-25ノックインマウスの脳波測定を行うことにより、大脳皮質および海馬脳波に異常が生じていることを明らかにすることが出来た。この異常がどのような分子機序に起因するかについては、予備的な実験から全身発作の発症以前に脳のAMPA型グルタミン酸レセプターの細胞内分布に異常が生じていることを見出している。SNAP-25は神経伝達物質の放出ばかりではなく、開口放出によるイオンチャネルやレセプターなどの細胞膜の組み込みに関わっていることが明らかにされていることから、これらの分子の細胞膜への組み込み制御にSNAP-25のリン酸化が関与している可能性があるが、その検証は今後の課題として残されている。SNAP-25ノックインマウスの脳波を長期測定することにより、脳のてんかん化と重篤化の過程を定量的に理解できるようになりつつある。さらに抗てんかん薬をシリンジポンプを用いて長期間連続投与するシステムを樹立したので、今後は観察された様々な異常脳波への抗てんかん薬の作用を比較して調べることが可能となった。
SNAP-25ノックインマウスの脳波解析をさらに進め、脳のてんかん化や重篤化の詳細な過程を定量的に明らかにする。また欠神発作の原因とされる視床からの脳波測定も行い、全身痙攣発作発症以前に見られる大脳皮質のスパイクバーストの起源を明らかにする。大脳皮質や海馬で見られる異常脳波の発症機序を探るため、皮質や視床、海馬のCaチャネル、グルタミン酸レセプター、GABAレセプターの局在をイムノブロット法や免疫組織化学法で調べる。さらに大脳皮質や視床、海馬などの神経細胞を培養し、これら膜機能分子の細胞内分布に異常が生じているかを、免疫細胞染色や選択的ビオチン化法などを用いて調べる。SNAP-25ノックインマウスに様々な抗てんかん薬を長期間連続投与し、異常脳波にどのような変化が生じるかを調べると共に、全身痙攣発作の発症や脳のてんかん化、重篤化にどのような影響が現れるかを調べる。
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