研究課題/領域番号 |
24240071
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研究機関 | 滋賀医科大学 |
研究代表者 |
犬伏 俊郎 滋賀医科大学, 分子神経科学研究センター, 名誉教授 (20213142)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | がん / グルコース / 乳酸 / 炭素-13 / NMR / 代謝 / 多量子コヒーレンス / pH |
研究実績の概要 |
ゲノム情報が明らかになり、その遺伝子産物であるバイオマーカー(代謝産物)の生体内部での時間的、空間的な振舞いを観察することは、様々な疾患あるいは再生医療において重要な病態変動や治療効果を知る上で重要となる。近年、プロテオミクスやメタボロームなどシステムレベルでの解析から、バイオマーカー分子の探索が始まり、同定された分子が生体内のどこで、いつ、どのように働くかを調べて、初めてその重要性が評価できるといえる。ことに最近の癌研究は遺伝子変異の解析から代謝メカニズムの解明へと変遷しつつある。本課題では核磁気共鳴(MR)法を用い、生体システムにおける腫瘍組織の代謝をMRスペクトルにより計測し、MRの形態画像や癌マーカーとしての抗体などの集積部位と比較しながら、癌の病理を総合的に理解するとともに、これらの情報を癌の治療や診断技術に応用することを目指すものである。
核磁気共鳴法の非侵襲的で繰り返し計測が可能な特性を生かし、特定化学物質の生体内化学動力学を経時的に解析する。特に本研究では低感度核でありながら、有機代謝産物の骨格を形成する炭素原子にNMR検出用の安定同位体であるC-13を標識し、この原子に直結したMR高感度のH-1信号を選択的に検出する多量子コヒーレンスMRスペクトロスコピー(Heteronuclear Multiple Quantum Coherence: HMQC)法を利用することで、がんのグルコースから始まる代謝過程を詳細に解析することができるようになった。そこで、マウスやラットの実験腫瘍を用い、グルコース代謝過程を詳細に解析することで、がんのワールブルグ効果の特性を明らかにし、その代謝過程を制御する因子を解析し、がんの増殖機構の解明とその抑制法の開発を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに作成したHMQC法のためのC-13とH-1核の二重共鳴用信号検出器を改良し、HMQC法パルス系列の最適化により、マウスやラットのモデル腫瘍における代謝計測に加えて、マウス脳における代謝の計測が可能になり、HMQC法の計測対象がこれまでよりも拡大した。
腫瘍のグルコース代謝過程は正常細胞のそれと異なり、高度な増殖性を発揮するとともに、酸素濃度の低下や薬物の影響を受けにくいことが知られている。そこで、グルコースから乳酸に至る代謝過程の最後に位置する酵素、ピルビン酸キナーゼのアイソフォームPKM2の機能を調べた。この酵素活性を阻害する薬物を投与すると、腫瘍組織での乳酸産生が抑制されるとともに、グルコースの代謝反応の別経路であるペントース・フォスフェート経路が活性化され、腫瘍組織自体は阻害剤の影響をほとんど受けないことが分かった。したがって、がんのグルコース代謝の過程でPKM2は反応制御の要として、乳酸生成に至らない場合には、細胞増殖に必要なアミノ酸や膜成分の合成に傾く。逆に、この酵素の活性化剤を投与すると、グルコース代謝反応は抑制され、乳酸の生成が減少した。このような結果から、乳酸に至るまでの代謝経路への介入ではがんは制御できない可能性がある。
このような結果を元に、乳酸生成から先の細胞内から乳酸を排出する過程や、さらにがんのエネルギー源として乳酸を取り込む機構への詳細を解析することから、がんの抑制に繋がる手法の開発を試みている。
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今後の研究の推進方策 |
腫瘍組織にけるグルコース代謝を産生される乳酸の生成速度で評価するがんのワールブルグ効果評価法を編み出してきた。この手法を用いて、がんのグルコース代謝の詳細な解析と、これを撹乱させる方法の開発を試みる。
これまでに、がんの抑制に効果があると報告されてきたコレステロール阻害薬を用いると、乳酸の細胞外への排出が抑制されることを見出した。この様な効果はこれまでは報告されておらず、本薬剤の多面効果として新しい知見をもたらすものと考える。したがって、これを糸口に、グルコース代謝への介入からがん増殖の抑制に繋がる新しい手法の開発を試みる。あわせて、がんに特異なグルコースから乳酸への代謝過程ががん以外の重篤な疾患、例えばアルツハイマー病にも関連するとの報告が最近もたらされている。このような、がん以外の疾患における乳酸代謝の関与を、がんのグルコース代謝と関連付ける実験を計画している。
このようなMRの新しい利用法により、がん代謝のみならずグルコースや乳酸が関与する様々な疾患の病態解明とその治療の糸口に繋がるMR代謝計測法の確立を目指す。
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