研究課題
糖転移酵素遺伝子に欠失や突然変異を生じたモデル生物は、多様な生理機能の異常を呈する。種々の糖転移酵素の標的タンパク質を同定することは、生体内における糖鎖の機能を理解する上で重要な鍵となる。本課題では、各糖転移酵素に特異的な標的タンパク質の大規模同定を行うために、これまでに作製した糖転移酵素の遺伝子ノックアウトマウス群を用い、糖鎖キャリア分子(糖ペプチド)をレクチン捕集し、N-結合型糖ペプチドを糖鎖付加位置特異的な安定同位体標識法(IGOT法)で標識し、LC/MSショットガン法で同定する事により、野生型マウスとノックアウトマウスとの比較グライコプロテオーム解析を行っている。昨年度までに、野生型及びB4galt1遺伝子欠損マウスの肝臓よりβ1,4-ガラクトース末端をもつ糖ペプチドをRCA120カラムで捕集し、そのキャリアタンパク質を1000分子種以上同定した。同定されたタンパク質のバイオインフォマティクス解析を実施した結果、β4GalT1標的タンパク質の分子性状に共通した特徴および傾向が見出された。今年度までに、LacdiNAc合成酵素やルイスx合成酵素等の遺伝子ノックアウトマウス・細胞株でも同様の解析が出来るように系の構築を進め、それらを用いて解析を行った結果、それぞれの糖鎖のキャリア分子である糖タンパク質群を同定している。その他、糖鎖遺伝子ノックアウトマウス・細胞株を必要に応じて作製し、同様の解析が出来るように系の構築を進めており、順次解析していく予定である。
2: おおむね順調に進展している
グライコプロテオーム解析により、糖鎖キャリア分子を網羅的・ハイスループットに同定するための系の構築のモデルとして、まずは糖転移酵素β4GalT1について実証実験を進め、β4GalT1が標的とするタンパク質の分子に共通した特徴・傾向を見出すことに成功した。昨年度までに、基本解析技術・手順を確立したが、標的が別の糖鎖構造の場合は、レクチンの選定と捕集系の構築、最適条件を模索する必要があり、現在までにその作業を進めてきた。標的糖鎖遺伝子欠損マウスは既に樹立済みであるが、必要に応じて、遺伝子欠損培養細胞株の作製も進める。標的糖鎖としたLacdiNAc(LDN)糖鎖は、糖タンパク質ホルモンなどの限られた種類の糖タンパク質上に見出されているが、生体内でのその役割は明らかになっていない。LDN糖鎖の生体機能を理解するために、そのキャリア糖タンパク質を明らかにする必要がある。そこで、マウス組織よりLDN糖鎖含有タンパク質を網羅的に同定する技術開発を行った。まず、B4galnt3、B4galnt4遺伝子欠損マウスを用いて比較検証を行った。B4galnt3が発現する胃とB4galnt4が発現する大脳サンプルを用いて、LacdiNAc-omicsを遂行し、数百種類のキャリアタンパク質候補の同定に成功した。マウス組織に加えて、培養細胞を用いても同様の解析を行った結果、LacdiNAcキャリア候補タンパク質は特徴的な細胞内局在を示す傾向があることが抽出された。また、ルイスx糖鎖でもキャリア糖タンパク質を同定するための系の構築(ルイスx合成酵素Fut9遺伝子欠損マウスあるいは培養細胞株)を行い、糖タンパク質の同定を進めているところである。今後は遺伝子欠損マウスを用いて、糖鎖機能不全もスクリーニングするとともに、他の系統のマウス・培養細胞株についても解析する予定である。
各糖転移酵素に特異的な標的タンパク質を(グライコ)プロテオームスケールで同定する解析手法によって、このような標的タンパク質の分子性状に共通した特徴および傾向が明らかになる。得られた結果を基に、特定のタンパク質に対し、特異的な糖鎖構造が選択的に付加されるメカニズムの解明、糖鎖機能の傾向などの理解が進むと期待される。種々の糖転移酵素の遺伝子ノックアウトマウス系統を使用、または糖鎖遺伝子欠損細胞を作製・使用して、それぞれの酵素が生体内で標的とする糖タンパク質分子を同定し、バイオインフォマティクス解析などを駆使することで、糖鎖の機能解明の一端とする。解析する順番などにも、1)(糖鎖の)生物機能の観点、2)細胞・組織における遺伝子発現の程度、などから優先順位を設けて、順次解析を進める。また、得られたキャリア糖タンパク質の分子群をより効率的に機能解析するために、バイオインフォマティクスを中心とした新たな技術導入、外部との共同研究も考慮する。本課題の網羅的なグライコプロテオミクス解析により得られた標的糖タンパク質分子のデータ(糖ペプチド配列、糖鎖付加位置)については、データベース化なども進め、将来的には広く公開することで次世代の糖鎖研究の基盤としたいと考えている。その為の連携も随時考慮する。
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